世界遺産の街、クスコは美しかった。
街の道路は石畳で作られていて、年代物のポンコツ車がその上を走ると“タカタカ…”とかわいい音がする。路は車のタイヤでピカピカに削れられていて、同じところを車は通るから轍が出来ている。建物の壁も石を積み重ねたものを見かける。
それには歴史があって、かつてこの地に暮らしていたインカ族が、この石組みを築いたらしい。十五世紀、インカ帝国はアンデス全域を制圧し繁栄を極めた。しかし十六世紀にはスペイン人がクスコに侵略し、既存の建物や文化、宗教を徹底的に破壊した。今のクスコの街並みは、インカの精密な石組みの上にスペイン人が作ったものである。
歴史はどうであれ、このクスコはリマよりも数倍、美しい。
山肌には集落があって、夜もまた眺めが美しい。
まだ高山病が続いていて、歩くだけで息切れがしてくる。
泊まった宿でコカの葉でできた“コカ茶”をご馳走になった。高山病に効くらしい。しかしこのコカ茶を飲むと葉の香りが強くて、昆虫になった気持にさせられる。
クスコは欧米からの観光客が多いようで、リマと比べても物価も高い。〈マチュピチュ〉から近いこともあって、この街は“観光地”であった。そして車の排気ガスもすごい。街は美しいが長く滞在する場所ではない、そう思った。明日はいよいよ列車で4時間かけてマチュピチュ村へ向かう。
アンデスの谷や山あいで暮らす人々のことを思った。バスの中から眺めた壮大なアンデスの風景を思った。この街よりも、あのバスの中で一晩眺めた景色の方が好きだった。
ごつごつした岩山に立つサボテン、明け方眺めた砂漠ような厳しい土地。
その地で暮らす人々は、どのようなことを考えて生活しているのだろうか。