坂を上っていくと『四萬部寺』が見えてきた。すぐ目の前には小さな宿があり、子供達が遊んでいた。秩父札所巡りの出発点として、この寺は位置付けられている。
お寺の境内を進んでいくと、そこは意外にも閑散としていた。
私はどこかぎこちないが、一通りの作法を行うことにした。
まずはお手水で口と手をすすぎ、線香を納め煙で身を清めた。そして本堂へと進み賽銭を納めて、静かに〈般若心経〉を唱えた。
こうした作法や般若心経を唱えるのは、生まれて初めての経験だ、、
ところどころつっかえながらも、心の中で旅を始められたことに感謝し、そしてこの旅がよい旅になるように祈った。
この寺には、石で作られた〈マニ車〉があった。
マニ車は回せば回した回数分、経文を唱えたことになると言われている。チベット仏教の寺院でよく見られるということを知っていたから、日本の秩父にマニ車があることがどこか不思議だった。
私は納経所へ行き、巡礼に必要な物を揃えることにした。納経所には人の姿が無く、“ご用の方はブザーを押してください”とだけ書かれていた。小さい納経所ながら一番目の札所だけに、衣服から杖から財布からお守りから、様々な巡礼用品が揃っている。
私は色々と迷った末、納経帳と白装束だけ購入することにした。この先どれくらいお金を使うか分からなかったし、今の私には余分に使えるお金が無かったのだ。
最後に、この札所を廻った証の御朱印を頂いた。
“納経所は5時で閉まっちゃうのよ。あと2時間だから歩きなら4、5番目まで行けるかしら?”
この寺で今から巡礼しようとしている人は、どうやら私しかいないようだ。しかし歩いて34ヶ所の札所を廻ることは、決して珍しいことでは無さそうだった。
さて、のんびりとしていられない、、時間は無いが行けるところまで行ってみよう!
白装束に身を包み、荷物を背負って歩き出したら、どこか肩の力が抜けていることに気付いた。さっきまでと違って身体が軽く、気持ちがすっきりして足取りが妙に軽い、、そうだこの感覚なのだ。
私はようやく〈旅〉に出ることが出来た。