viaje del autobús

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ペルーの〈リマ〉から世界遺産の街である〈クスコ〉へ、長距離バスで約21時間かけて移動した。この旅は、この先々で国や街を幾度となくバスで移動するという、南米の旅の始まりであった。

南米のバスの旅は、生きている物を決して寄せ付けない荒涼とした大地をひたすら走る旅であり、“雄大”という言葉だけでは表すことが出来ない壮大なスケールのアンデス山脈を、飽きもせずひたすら眺めて、その景色を私の中でなんとか飲み込もうとする旅であった。

バスの旅は盗難などのトラブルが多いと聞いていた。
リマのバスターミナルで、自分の荷物が無事にバスのトランクに収められたことを確認した。手荷物はトイレに立つときでも片時も離さなかった。しかしそれは大げさなことでも何でもなく、現地の人々もそうしている当り前のことだった。リマの街を歩くと、地元の人でもショルダーバックを前で抱えて歩いている。街中であからさまにカメラを出したりしない。

指定されたバスの座席に収まり、街のはずれを抜けてしまうと景色が厳しいものに変わっていった。私は窓の外の風景に釘付けになり、かつて見たことのない風景に圧倒されていた。荒涼とした大地にひたすら伸びる一本のハイウェイ。バスの中で流されるスペイン語に吹き替えられたアメリカ映画が、その窓のすぐ外に見える風景と、どこか不釣り合いに感じた。

乗客たちは映画を見て楽しんでいる。
彼らにとっては、それらの風景はごく当り前のものなのだろうか。

クスコは標高3399mにある街で、標高は日本の富士山とそう変わらない。バスはゆっくりとアンデスの山地へと進んでいく。空気が薄くなっているのか、少しずつめまいや頭痛がしてきた。きっと高山病の症状が出てきたのだろう。やがて日が沈み、辺りが闇に包まれていった。景色はライトが照らされるバスの足元しか見えない。気温が下がり始めバスの中も肌寒くなった。私はブランケットを取り出して、包まるようにして眠った。

そうなってくると、このバスに全てをゆだねるしかない。それにしても拭い切れない心細さと不安がある。バスが故障したり転落してしまったら、アウトだなと思った。生きていると実感できることは、今このバスが走り続けることだけだとも思った。
どうか無事に闇を走り続けてくれ、そして朝になってくれ。

明け方、目を覚まし驚いてしまった。目の前が沙漠だったのだ。

朝になり太陽が昇り始めると安心する。大地が明るくなり、そして暖かくなった。
日が照りつけていても構わないから、暗闇よりはまだマシだと思った。太陽のありがたみを感じる。

〈クスコ〉というインカの高山都市は、かつて太陽神を崇拝するインカ帝国の都として栄えたらしい。太陽を神として崇めたという意味が、少し分かった気がした。
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# by francis-sp | 2008-09-14 01:41 | A day in the life

「チルアウト」って何だろう?

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-チルアウトは、休息自体が目的なのではなく、生活や仕事が輝いていた、その時間の意味を自分の中で腑に落とす、落ち着きどころを見つけるためのものだと思うんです。

-徹底的に絶望すると、底に着くことができる。そうすると、底が足がかりになって浮上していきます。中途半端に休んでも上昇のためのエネルギーは発生しませんから、チルアウトするなら、その前にまず、徹底的に踊り尽くさなければなりません。休息もまた、底を打つくらい徹底しなければ。自分の中の低い、暗い、冷たい魂の硬質な手応えを感じるくらいでなければ、意味がないと思うんです。だから心地よくチルアウトすることは、意外と難しい。

脳科学者/茂木健一郎 「BRUTUS」より


ここのところ遅くまで働いていたり、週末は徹底的に遊びつくしてた気がする。
胃がキリキリしたことが何度かあり、踊り尽くして眠ったことが何度かあった。
どん底まで落ちたこともあり、もうこれ以上悪くならないと思ったし、週末は家で休んでいる暇がないほど、仲間と遊んでいた。

オンとオフの落差が激しく、両者がはっきりしている。

ここらでちょっとチルアウトしましょうか。
優しい音楽をかけて、ベッドで大の字になり、いつの間にか眠ってしまえ。

今は地に足がついている。底の方で地道に待っていよう。きっといい波がやってくる。
そいつに上手く乗れれば、新しい何かを得た自分がいるような気がする。

『FJORDNE』 涼音堂茶舗 http://www.ryoondo-tea.jp/about.html
チルアウトするには、おススメです!
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# by francis-sp | 2008-09-01 19:21 | 音楽

Que Rico!

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ペルーの首都リマは、半日も歩けば周れてしまうような小さな町だった。
リマの中心はアルマス広場とカテドラルがあって、それを中心に町が広がっている。見どころと言えば教会とかそれくらいしかない。

町を歩くと〈POLICIA=警官〉を多く見かけた。
治安は安定しているとは言えないのだろう。“カバンは前で抱えて持つように”、“腕時計は外していきなさい”、“あの橋から先へは決して行かないように…”宿の主人がそう忠告してくれた。街角には必ず警官が立っていて目を光らせている。彼らがこの町の秩序を保っているような印象があった。旅行者の私にはそれがありがたかった。

日本を旅立ってまだ一週間。いよいよ南米の旅がはじまった。
南米の国を歩くこと自体が、私にとって新鮮で刺激的だった。

この町は車の排気ガスで埃っぽくて、日本の真夏のように暑い。
くだけたバーみたいなところに入り、〈セルベッサ=ビール〉を飲んだ。“ここで休んでいいか?”みたいなことを聞いたら、若いメスティーソの青年は“構わないよ”という仕草で親指を立てた。この町は人種的には、白人とラテンアメリカの先住民〈インディオ〉の混血であるメスティーソが大半を占めている。女たちは肌が浅黒く豊満な肉体をしていて、暑いためか露出をしている人が多い。腹が出ていようが足が太かろうが、そんなことは気にしていない。どこからかノリのいいサルサが聞こえてきた。ラテンの国にやってきた気分にさせられる。
たまたま通りがかった店で〈セビッチェ〉というタコやサバ、豆、オニオンが入った魚介類のマリネを食べた。酢の味でさっぱりしていて、この暑い国にはよく合っている。水やパンやコーラを買ったりして、そうやってこの国の物価や紙幣に少しずつ慣れていった。

スペイン語は相変わらず分からないし知らない。英語もほぼ通じない。それでも人々に道を聞いてバス会社で一番安い〈クスコ〉行きのチケットを買うことが出来た。帰りも道に迷ったが、身振り手振りで通りの名前を言えば、誰もが親切に教えてくれた。彼らがそうであるように“グラシアス!”と笑顔で礼を言った。すべては“ノリ”で何とかなっている。

そんな南米の雰囲気は好きになれそうだった。南米は私に合っているのかもしれない。
そして私の中で“南米=危険”というイメージが、もっとポジティブなものに変わりつつある。

明日の夕方には世界遺産の街〈クスコ〉へ向かう。バスの旅は初めてだ。これを経験することでまた一つ何かを感じることができるだろう。

南米の旅を終えた数ヶ月後、スペインに渡った時、“お前はペルー人に見えるな…”としみじみ言われたことが何度かあった。黒髪に日焼けした肌、南米訛りのスペイン語を発する私を、彼らは“ペルー人に似ている”と思ったのだろう。

そう言われることは、南米で数ヶ月旅した私には、あながち嫌ではなかった。
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# by francis-sp | 2008-09-01 01:02 | A day in the life

METAMORPHOSE 08 @修善寺あたり

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行ってきました、メタモルフォーゼ。
いわゆる初メタモってやつです。
とりあえず噂でよく聞く、メタモルフォーゼに先週行ってきましたよ。

結構、気になるDJ達が来ているものだから、音に対するモチベーション的にはフジよりメタモの方が高かった笑
フジと比べるとメタモはスタッフの人数が少なすぎ。ルールも緩すぎ。それはそれで良かったかな。フジみたいに「ゴミの分別」とかいちいち言われないし。自由なところが良かったかな。

それはまあ良し悪しですが、“あとは各自好きに楽しんじゃってください”感が好きでした。

あまりブログで音楽レビューとかしないのだけれど、適当にしてみよう。

〈NUJABES〉ことセバジュンさんは、オシャレっ子が喜ぶチンタラしたジャズ・ヒップホップとは違い、色んな要素を含んだ四つ打ちでまるで旅をしている気持にさせてくれました。

〈RYOTA NOZAKI〉ことジャズトロ兄さんは、ビールを買いに行っていて聞きませんでした。興味あった〈TONY ALLEN〉はどうでもよくなり見逃す。エレクトロ好き友達のイチ押し〈THE ALBUM LEAF〉は座り込んで寝てしまいそうになった。

じゃあ寝てしまう前にLUNAR STAGEに行ってみようということになり〈MATTHEW DEAR〉を見てみる。それなりにアガりはしたが、飯を食いながら仕事の話とかして談笑をする。

〈THEO PARRISH〉さんは、、、

ちょっとごめんなさい!!
いちいち思い出すのが面倒くさくなりました。この辺りでレビューは終わりにします!

いや最後忘れてはいけない。今回とっても見たかったアーティストがいる。
それは〈COBBLESTONE JAZZ〉!!

ドイツのとってもおかしな3人組。即興的ミニマルテクノ、ピコピコ感全開。これはドイツ人しか成し得ない音楽だよ。3人ともすごく楽しそうに演奏していたし、写真の彼のボーダーシャツ、白ソックスでやられました。決して朝方に聞く音楽ではなかったが、かなりアガりました!!

初メタモ。とりあえず大満足して、修善寺を後にしました。

今年最後のフェスはと言うと、ななんと“朝霧ジャム”!!
チケット取れたようです。とても楽しみなようです。とりあえず晴れることを祈っております。
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# by francis-sp | 2008-08-29 22:59 | 音楽

Lima, Peru

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ペルーの首都リマの〈ホルへ・チャベス空港〉に着き、日系ペルー人が経営するゲストハウスにたどり着いたのは夜の11時過ぎ。ニューヨークから飛行機で数時間掛けて、北半球のアメリカから南米ペルーへ来てしまった。

深夜に、それも全く未知の国に、言葉を全く知らない、両替したばかりの現地の金を握りしめながら、空港やターミナルの外に一歩踏み出すということは、旅をする人間にとってはどうしようもない不安を抱えつつ、同時に度胸を試される瞬間だ。

現地の人間たちの熱い視線を浴びながら空港の外に出て、その国の空気を深く吸いこみ気持ちを落ち着かせて、むしろ平静を装い何でもない顔をして、さあ一歩踏み出そうとする行為。
この旅の先々で、幾度となく繰り返すこととなった。私にとっては自分の力量を試されるものであり、その中でも興奮を抑えきれず、顔が自然とニヤけてしまうのを何とかこらえることでもあった。
この瞬間は、正直たまらない。

そしてそんな人間を喰いものにしようとする輩もいることも確かだ。
それはどこの国でもそうなのかもしれない。
こいつらに負けないためのには、内心不安でも堂々と胸を張って、落ち着いて行動し、冷静に判断することだ。

南米=危険。

そういうイメージを多くの日本人は持っているだろう。私もその一人だった。いや多くの西洋人も同じイメージを持っている。ニューヨークのユースを旅立つとき、“これからペルーに飛んで、そのままバスで南下してチリのサンチアゴを目指すんだ…”と話したら、誰もが“ペルー?!”、“気を付けろよ…”と忠告した。バスが崖から転げ落ちるらしい、強盗に注意しろ、、彼らからそんな話しか聞かなかった。

空港のトイレで、腹巻き型の貴重品袋にパスポートと現金を隠した。
ポケットの中には盗まれてもいいように、しわくちゃの数ドル分の金をつっこんだ。
トイレの鏡の前で、彫りの深い黒髪のペルー人の男達が、テカテカの髪を整えていた。どうやらこの国の男達には、横分けが流行っているらしい。

飛行機で隣に居合わせたアメリカ人のデニーさんが言っていた“ペルーは本当に良い国よ”という言葉を心から信じたかった。

セントロ地区〈中心部〉にタクシーが近付くと、徐々に路上に寝ている人間たちが見えた。暗闇に鈍く光る大きな教会がどこか威圧的で不気味だった。私は助手席のシートに座り込み、運転手の話すスペイン語訛りの英語をうんざりしながら聞き流していた。夜の街を、POLICIA〈警官〉がパトロールしていた。この街を夜、出歩くことは賢明ではない。

宿についてシャワーを浴び、静かなロビーで一人くつろいだ。まだ少し興奮している。
〈リマ〉の夜は涼しくてインドシナとは違う暑さだ。ニューヨークは寒かった。半袖と短パンを着られることが嬉しかった。セントロの夜はとても静かだ。この旅は今のところ順調だ。読み終わった日本の文庫本をこの宿に置いていくことにした。

明日にでも、ここに泊っている日本人にペルーや南米の情報を聞こうと思った。
明後日には〈マチュピチュ〉に向かう予定だ。

南米の旅がはじまった。

“ブエナス・ ノーチェス”
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# by francis-sp | 2008-08-16 22:54 | A day in the life

祝!日暮里・舎人ライナー

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舎人ライナーに乗りました。正直、感慨深かったです。

この舎人ライナーとは、開通する10年前から馴染みがあります。
学生時代、幾度となく工事中の高架橋を眺め、“このモノレールはいつできるんだ?”と話していたのを憶えています。

それが最近開通して、今日初めて乗ってみたわけです。
いつも下から眺めていた高架橋の高さから眺めた風景は、いつも地上から眺めていた風景とは違いました。あるときはバスの中から、あるときは自転車を漕ぎながら、あるときは仲間と歩きながら、あるときは一限目の講義に遅刻しそうでヒヤヒヤしながら、あるときはいつもつるんでた友達とギターを抱えながら他愛のないことを語りながら、、幾度となく当たり前のように、この風景を眺めて大学時代を過ごしたんだと。

しかしあっという間に西日暮里まで行ってしまうなんて、この舎人ライナーによって便利になっちゃうヒトも多いはずと実感。荒川の向こうに側に住んでいる人が、“今日は西日暮里で焼肉を喰おうよ”っていうパターンもありえるなと思いました。

そんなこんなで母校に行くと自分が成長していることを実感できる。それは単純に歳を食ってってことだけじゃなく、仕事をしながら知らずして成長している部分もあることが分かる。

図書館で調べ物をして、読んでみたい本がたくさんあること、それが日々の臨床の成果になっているような気がする。今日は興味ある文献を1000ページ以上をコピーした。これから読むのが楽しみだ。そしてその知識を日々の臨床に活かすのが私の仕事の一つだと思う。

昨日、担当していた利用者さん(患者さん)から手紙が来た。元気に過ごしているそうだ。
とても嬉しかった。そういうことが、私の仕事のやりがいになっている。
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# by francis-sp | 2008-08-08 22:46 | today

Freedom Sunset 2008 @ 江ノ島

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フジに引き続き、野外パーティー“Freedom Sunset 2008”に行ってきました。
写真は日没後、江ノ島の展望台を撮ったものです。

めちゃくちゃ暑い午後だったけど、海日和&ビール日和ということで、江ノ島名物・エスカーに乗っているときからテンションがアガりました。

一緒に遊んだ仲間たち、アリガトウ!!

個人的には、DJ CALMが流してくれた“No Woman No Cry”が良かったです。
気持ち良いお空の下、海の風に吹かれながら熱唱した“Everything's gonna be all right”はサイコーだったなあ。

みんなそれぞれ、抱えるものがあって毎日を生きている。
それは、うだつが上がらないことだったり、どうしようもないことだったりする。
だけど眠むれず一晩過ごしたって、それでも朝がじりじりとやってくる。

どうしたって明日はやってくるのだ。
それを辛い気持ちで迎えるのか、幸せな気持ちで朝を迎えるのか、今日という一日をどんな一日にするかは自分次第だ。

旅を終えて日本に帰って来て、あんなに将来のことが不安だったのに深く考えなくなった。
それは今をしっかり生きようと思えるようになったからだ。そして毎日、こうして朝を迎えられることの素晴らしさに気付いたからだ。
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# by francis-sp | 2008-08-03 18:46 | 音楽

Fuji Rock 08' @ Naeba

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この夏も恒例の苗場に行ってきました。
今年は心からフジロックを楽しめた気がします。

去年のこの時期はモロッコを旅していて、やっぱり夏はフジロックに行きたい!ということで日本へ一次帰国をしました。モロッコのフェズからドイツのフランクフルトへ、そこからイタリアのローマへ、ローマから成田へと、割とひょいひょいと飛行機を乗り継ぎ、帰国したのを覚えています。

いま考えたらこのフジロックのために15万円以上する航空券を買い、この3日間のために帰国した自分が、大バカ野郎だったなと振り返っています。

今年はというと、旅を終えて就職し毎日が仕事に追われている中でのフジロック。
仕事もそれなりに頑張っているから、今年のフジロックは本当に楽しかったな。

やりたかった旅を終えた今だから、気持もすっきりしているんだと思う。
そこがいつもと違うところでした。

今年は新しい仲間も加わり、キャンプだなんだでワイワイやり、その仲間の運命の再会が面白かったり、晴れ女のピーカンさに驚いたり、今年はずっと笑いっぱなしだったなあ。本当によく笑ったし心から楽しかった。

ありがとう、フジロッカーズ!
そしてまた来年!!
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# by francis-sp | 2008-07-28 22:39 | 音楽

New York City

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# by francis-sp | 2008-07-13 14:08 | A day in the life

prayers for peace

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“ビール”=“セルベッサ”
“水”=“アグア・ミネラル”
“トイレ”=“ラバトリオ”
“ありがとう”=“グラシアス”
“いくらですか?”=“クアント・クエスタ”
“お元気ですか?”=“コモ・エスタ”
“私は日本人です”=“ソイ・ハポネス”
“さよなら”=“アディオス”

明日はニューヨークを発ち、いよいよ南米のペルーに向かう。ペルーから先はバスで南米を南下して、チリのサンチャゴに住んでいる友達に会う予定だ。それから先は何も決めていない。ペルーをはじめ中南米はブラジルを除きスペイン語圏だ。私は全くスペイン語を知らない。だからスペイン語を少しでも覚えないといけない。
ユース・ホステルの目の前のGrocery(小さな商店)はどうやらラテン系の人間が働いている。私は毎晩ビールを買いにいってるから、ヒゲのコスタリカ出身の主人とは顔見知りだ。ニューヨーク最後の夜、覚えたばかりのスペイン語を使ってみた。

“クアント・クエスタ?”
“ソイ・ハポネス”

いきなり東洋人がスペイン語を発したもんだから、主人が目を丸くしていた。はじめて使ったスペイン語だった。新しい言葉を覚えるのは面白い。

ニューヨーク最後の朝はあいにくの雨だった。日本にいる彼女に電話をして元気に旅をしていることと、これからペルーに向かうことを伝えた。要らなくなった地下鉄のメトロカードは、新聞売りの黒人の少年にくれてやった。ニューアーク空港がある隣のニュージャージー州は雪が少し積もっていた。

アメリカ合衆国を出国するという作業は、アメリカ人以外の人間は多くの手続きを必要とした。靴からベルトから何から、エックス線や金属探知機で調べられた。他にも機内に持ち込む荷物に制限がある。9.11以降、合衆国を旅行することは面倒くさい。

アメリカを無事に出国して、我がペルーの首都リマ行きの飛行機の搭乗時間を待った。この時点でニューヨークのガイドブックは不要になった。そのままロビーのダストボックスに捨ててしまった。

いま私はペルーやチリなど南米のガイドブックを一冊、スペインのガイドブックを一冊持っている。いずれこれらの本も要らなくなるだろう。旅というものは、このように自分が背負っているものを少しずつ捨てていくことだと思った。5年間勤めた仕事を辞めてアパートを引き払い、帰る家の鍵を持たず自由な旅をするということは、出来るだけ身を軽くして、自分の身の回りをそぎ落として、自分の半径を狭めてシンプルになることだと思った。

日本での生活を思い出す。毎日寝起きしていた東京のアパートのことを思い出す。今はそれとかけ離れた生活をしていて、時折考えている。アパートを引き払って一週間が経ったばかりだ。仕事を辞めてまだ二週間だ。今はニューヨークを発ち、未知の国ペルーに行こうとしている。この短い期間で、あまりにも多くのことを見たり、聞いたり、経験してきた。

“あなたの旅の目的は何ですか?”

ペルーの入国審査で尋ねられたら、私は何て答えるだろうか。
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# by francis-sp | 2008-07-12 21:42 | A day in the life


音楽、旅、本、サッカー、日常などをテーマにfrancisが気ままテキトーに語っています。本でも読むような感じで、ゆっくり見てくれたら嬉しいです。


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