LAN CHILE

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〈プエルト・モン〉という港町から、飛行機でさらにチリの南へ〈プンタ・アレーナス〉に向かう。

パタゴニア…
まさかこの自分が行くことになるとは、思ってもみなかった。

プエルト・モンから以南、どんな気候でどんな風景が広がっているのか、私には想像もつかない。そしてどんなルートでパタゴニアを周り、アルゼンチンに向かうのかも分からない。気の向くままに自由な旅で、この先々のことは考えない旅だ。

プエルト・モンではパタゴニアへ向かう準備をした。
南半球は冬が近づいていて、さらに南のパタゴニアは寒いであろうから、手袋と厚手の靴下を買った。そしてワインを飲むためのコップや洗面道具を買い足した。この小さな町を歩いていると港町特有の寂しさを感じる。観光客も少なく町は冬ごもりの準備をしている印象を受ける。町を歩く老若男女ともに、どこか一種の“暗さ”があり、それが町全体に充満している。東洋人の私を見つけた土産物のおばさんが、空手の真似をして一人喜んでいた。

そんな町を数時間歩いて、特に気を引くものがないと分かると〈Hospedaje=民宿〉に戻ってきてしまう。宿を探すのも大変だった。シーズンオフのためか営業しているのは数軒だけだったのだ。宿に泊っているのは私だけで、女主人と特に話すわけもなく、私は部屋で静かにテレビを見ている。スペイン語が分からないからサッカーを観ている。チリワインを一本空けた。

しかしどんな大都市や素晴らしい観光地であっても、こういった何でもない田舎で過ごせる方が楽しかったりする。その町の寂しい風景や人々の顔を眺めている方が良かったりもする。決して悪くない。

それでも明日にはパタゴニアへ発つことを決心する。
冬が足音を立てやってきている。ゆっくりもしていられないのだ。

飛行機から景色を眺めると、不意に現れる湖や雪を被った山々に驚く。地図を見てもそれが何という名前なのか私には分からない。やがて地図を見るのをやめてしまう。写真に残そうとカメラのファインダーを覗いても、風景が大きすぎて撮ることをあきらめてしまう。そんな私と景色とは関係なく、キャビン・アテンダントのアドリアーノさんは自分の業務をさっさと済ませると、乗客と楽しそうに立ち話をしていた。雲の上はいつも快晴だ。

飛行機はそろそろパタゴニアの旅の拠点〈プンタ・アレーナス〉に着くらしい。マゼラン海峡も近いという。眼下はパタゴニアだ。強い風に吹かれているのだろうか、禿げた木々が地面に這いつくばるように生えているのが見える。平原には草が広がっていて、牛や羊が生息している。明らかにチリの北とは違う風景だった。

荒涼とした大地が広がり、日本の裏側へ、南米大陸の果てに居る感じがする。雨が降ったり、空は曇り、冷たい風が吹いている。この土地にも、ここに暮さなければいけない人々がいる。

こういうところに来てみたかった。圧倒されるような自然を見たかったし、そこに住む人々を見たかったし、日本では見られない景色を見たかった。ニンウエもプエルト・モンも知らない土地だった。でも旅は続いている。道は続いている。道は自然と広がっていく。
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# by francis-sp | 2008-11-16 13:07 | A day in the life

ニンウエ村

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〈ニンウエ〉というチリのチジャンに近い村に滞在している。この村は人口5500人くらいの小さな村で、ここで活動している日本の〈青年海外協力隊=JICA〉のお手伝いをすることになった。

首都サンチャゴに住んでいるやはりJICAで活躍している友人との再会を果たし、落ち着く間もなくよく分からないまま深夜バスに乗り込み、このニンウエにたどり着いた。この村で活動しているJICAの隊員が〈日本展〉を開くとのことで、チリ各地から隊員が集まり、皆で協力しようというのだ。そしてチリをたまたま旅していた私も、そのメンバーの一人に加えられていた。

南米の旅の途中、無事にサンチャゴの友人に会えて、これからどのような旅をしていこうか考えていたところだった。この突然の申し出を断る理由もなく、むしろ幸運だと思った。決して観光では訪れないような村で、地元の人と触れ合い過ごせるチャンスだったし、日本の裏側の遠いチリで活躍している日本人の力になれるというのは、ありがたいことだと思った。

この村で活動しているのは、看護師と体育の教員の2名であり、いずれも女性の隊員だった。青年海外協力隊員としてチリで活躍している日本人は他にもいる。観光資源を開発している人や現地の人にSEを教えている人もいる。また歯科技工士や作業療法士など医療の分野の人もいる。初めて出会う彼らはとてもいい人ばかりで、すぐに打ち解けることができた。

彼らが派遣される場所は、基本的に発展途上の地域だ。ニンウエも電気や水道が通っていない家庭が多いという。村の様子はとても静かで人々もどこか控え目な印象を受けた。夕方になると人々は小さな教会に集まり、ミサのようなものをあげたり歌ったりしている。その光景を外から眺めていると心が温かくなり、彼らはいま幸せなんだなと思った。
サンチャゴのような大都市とはかけ離れている。外からの刺激も少ないのだろう。バスに乗らないと隣の町へ行けない。だからこういった日本展などイベントがあると、子供たちをはじめとして村の人々が集まるのだ。

日本展は集会場みたいなところで開かれた。折り紙を体験するコーナーやスペイン語に吹き替えられた日本のアニメの上映。ヨーヨー釣りや習字コーナー、浴衣試着コーナーなど、イベントがたくさんで子供たちがたくさん集まった。

私が与えられた仕事は、村の小学校の〈コシナ=台所〉で鶏肉にひらすら小麦粉をまぶすというものだった。日本の料理として“鳥の唐揚げ”振る舞うというのだ。大きなボウルに山のように盛られた鶏肉たち…、朝から支度がはじまり粉まみれになりながら、隊員たちと楽しく仕事をした。

チリのどこにあるのかも分からない村にやって来て、普通に旅をしていたら出会うことのない人たちと他愛のない話をしながら、朝っぱらから唐揚げを作っているこの自分の境遇が、どこか笑えた。そして久々の〈仕事〉がどこか新鮮だった。

村の子供たちは素直でかわいい。“ティオ!ティオ!”と声を掛けてくる。人懐っこいのだ。
“ティオってどんな意味なの?”知り合いになった隊員たちに聞いてみると、“おじさんって意味だよ”と教えてくれた。この村で私は〈ベソ=挨拶のキス〉を覚えた。チリでは挨拶するときお互いの右頬と左頬と軽くキスしあうのだ。もちろん子供たちはそれを自然にしてくるので、そんな経験をしたことない私はいい歳して照れくさく、だけどその習慣は素敵なものだと思った。

台所では〈セニョーラ=おばさん〉たちが大きな鍋で子供たちの給食を作っていた。この女性たちは朝からよく働く。“よく働きますね?”隊員にスペイン語で通訳してもらった。“チリの男は怠け者よ…”おばさんたちはそう言って笑っていた。私のような男が台所仕事をすることが珍しいようで、“あなたみたいな人が旦那だったら良かったのに…”とも言っていた。おばさんともベソをして別れた。

日本展が終わった後、村の小学校に遊びに行くと大変なことになった。外国人がやってきたことで、子供たちが私たちの周りに集まり、握手やベソの嵐になったのだ。言葉は分からない。スペイン語でようやく自分の名前を言えるようになったくらいだ。だけど“オラ!”とか“チャオ!”とか声をかければ笑顔で返ってくるし、もう最後の方は日本語で子供たちとコミュニケーションをとっていた。“またニンウエに来てね…”子供たちはそう言ってくれた。

このニンウエで少しばかりスペイン語を覚えた。だけど言葉以外でも十分にコミュニケーションが出来るということを私は学んだ。ありきたりの言葉ではあるが、心は通じ合えるのだ。

夜は隊員のみんなと酒を飲み、いい時間を過ごした。チリのビールやワインをたくさん飲んだ。隊員たちはまるで前から知っていたように私に親切にしてくれた。この村で過ごした時間は貴重で素晴らしいものだったし、彼らに出会えたことが幸せだった。

最後の夜、彼らとベソをしてバスに乗り込んだ。
チリの南へパタゴニアへ行くことを決意したのだ。

“Te Amo!!”
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# by francis-sp | 2008-11-09 23:44 | A day in the life

Buena Vista

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# by francis-sp | 2008-11-05 13:47 | A day in the life

Ruta5

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イキケから南へ数キロ進んだだけで、荒涼とした景色が広がっている。

南米の風景は、バスで数時間寝ていても同じ風景が続いていたり、あるとき外を眺めると突然変わっていたりしていて、旅人を飽きさせることはない。私はバスの旅の魅力にすっかりとり付かれ、飽きもせず相変わらず外の風景を眺め続けている。

南米大陸の西側にある長細い国のチリ共和国を南下するにあたり、左側には赤茶けた岩山がひたすら連なり、右側には荒々しい大西洋が見える。人を寄せ付けない厳しい大地が広がっている。いや南米のほとんどの土地が人が住めない土地だ。辛うじて生きていけそうな土地に、なんとか人々は町を作り生活しているように見える。

それはどこかの別の〈星〉の風景ではなく、いま自分が生きている〈地球〉の話だ。今見ているものは地球の表面だ。私はこんな光景を見たことがないから、それに対して畏れを感じている。ここは人が生活できる土地ではなく、出来れば急いで通過してしまいたい土地だ。荒々しい土地がひたすら続き、ようやく新しい町が見え始めると、私は心のどこかで安心するのだ。

それに比べて、日本の自然は優しくてあたたかい。もちろん冬の厳しさや夏の猛暑や台風や地震などの自然災害もあるが、日本の自然には“恵み”がある。春夏秋冬、四季折々、、その季節ごとに恵みがあり、日本人は自然と調和しながら生きてきて、何よりも自然を敬ってきた。そして私たち日本人は自然と触れ合うことで癒されるものだ。

しかし、ここの自然はそれとはまるで違う。これまで見てきた南米の光景は違う。人を寄せ付けないのだ。

“自然”というよりは“Nature”であったり“Earth”という言葉が似合う。日本人は自然という言葉に“恵み”や“優しさ”を含むが、それとは違う自然があるのだ。

日本の自然は緑が豊かで水があふれ出すような優しさがあり、そこで暮らす日本人の心は必然的に穏やかでのんびりしている。そして同時に自然の怖さも知っており、それによって自然の恵みに感謝することが出来る。南米と日本は決定的に違う。

チリをバスで移動していると、いきなり検問所のようなところでバスが止められて〈コントロール〉が入る。バスから乗客と荷物は下ろされて、警官から厳しいチェックが入る。外国人がバスに乗っているということだけで興味本位で〈パサポルテ=パスポート〉を覗かれ、荷物は必要以上に調べられる。相変わらずスペイン語が分からない私は不安になる。そんな場では日本人としての常識や、グローバルに唱えられている主権というものは何の役にも立たない。そんなときこそ、旅行者として、異邦人として、なるべく目立たないようにすることが求められる。チリとボリビアは緊張関係にあって、ボリビアからの人や物資の流入を防いでいるように思える。

チリに入ってどこか“厳しさ”を感じる。この晴れ間の見えない空と荒涼とした大地。それがどこかチリの人々にもつながっているような気がする。

日本ではそろそろゴールデン・ウィークを迎える時期である。時折、日本での生活を思い出す。旅に出られないまま半分死んだような顔をして毎日仕事を続けている自分を思う。そんな自分には耐えられなかった。だから思い切って旅を始めて良かったと思った。

バスに揺られ、この自然を眺めていると、不意に眠たくなることがある。
しばらく寝てから目を覚ましてみると、バスは急に谷を走っていたり、標高が高くなったり、周囲にサボテンが生えていたり、南米大陸は様々な顔を見せてくれる。太陽が出ていないときは毛布が必要なほど寒い。だけど太陽が出てくれば温かくなり暑くなる。バスの中で眠っているとじっとり汗をかくこともある。それでも太陽は必要だ。太陽は恵みだからだ。どんなに暑くなったって、太陽は光と温かさを与えてくれる恵みの神だと思うからだ。私たちはそれを知っている。
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# by francis-sp | 2008-10-18 22:46 | A day in the life

Pan-American Highway

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“さらばイキケ!”という感じで、チリ共和国の最初の都市イキケを経つ。

チリに入り急に物価が高くなった気がする。USドルとの為替レートも数年前のガイドブックにのっているレートより低くなっている。チリは南米でも先進国に入るそうだ。それだけ経済が成長して国が強くなっているということだろう。

そんなチリの首都サンチャゴに住む友人に会うために、とりあえずニューヨーク経由で南米から旅をはじめた。友人と再会する日まであまり時間がない。マチュピチュで出会った日本人旅行者と話をしていたら、だったら急いだ方がいいと指摘された。だからボリビアのラパスからチリのサンチャゴまで一気にバスで南下することにした。そこから先は考えていない。

その旅行者とはいろいろ話した。彼はブラジルのサンパウロから旅を始めて、南米を旅して3ヶ月になるという。彼からスペイン語を少し教えてもらったり、南米に来たからには最南端のパタゴニアにも行った方がいいと勧めてくれた。日本は春を迎えているが、南半球の南米大陸は少しずつ冬に近付いている。パタゴニアへ行くなら今しかないと。

お互い共通していた意見は、南米を旅して気づいたことは、“南米=危険”ではないことだ。もちろん危険な側面はあるとしても、旅行者として最低限のことを気を付けていれば、それは回避できるということだ。

この旅をして、私の中で南米のイメージが良いものに変わってきている。これまで旅してきたアジアとはもちろん違って、南米は新鮮で魅力的だと思う。歴史も風景も世界も全てが違うのだ。固定された“イメージ”や“先入観”というものほど、恐ろしいものはないと思った。それはこの数ヶ月後に中東のシリアやイランを旅したときも同じことを思った。
とは言いつつも、クスコやラパスの夜や早朝は、出来れば出歩きたいくないデンジャラスな空気が町を覆っていた。そんなときは宿の前にタクシーを呼んで移動することにしていた。

チリに来てから高山病は問題無くなったが、今度は激しく腹を下している。
きっとラパスのサンフランシスコ寺院前で食べたホットドッグ風の食べ物が当たったのだろう。これからサンチャゴへバスで向かうというのに、先行きが不安である。チリ紙とウェットティッシュと抗生物質とビオフェルミン、そして最悪の事態に備え、替えの下着を携えて、24時間のバスの旅に臨もうとしている。幸い長距離バスには〈baño=トイレ〉が付いているから安心だ。

沢木耕太郎、藤原新也、小林紀晴、星野道夫、開高健、椎名誠、ロバート・ハリス、清野栄一、、

これまで多くの旅行記を読み続けてきた。特に社会人になってから毎週のように図書館に通っては数え切れないほどの旅の本を読んできた。今はそれらの本を読みたいとは思わない。特にこの旅の途中で読みたいと思わない。彼らの本によって多くの刺激を受け、思い切って旅に出るまでに突き動かされたことは事実であるが、この旅は私自身の旅であり、彼らと同じ経験をしたり、同じような旅をする必要はないと思うからだ。

もう一人の旅行者として、同じフィールドに立って自分の足で歩いているのだ。
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# by francis-sp | 2008-10-18 22:29 | A day in the life

La Paz

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ボリビアの首都ラパスに来ている。
“ラパス=La Paz”とはスペイン語で〈平和〉という意味だ。

ペルーのプーノという小さな町からバスに乗り、ボリビアとの国境を越えて、さらに船とバスを乗り継ぎこの町へやってきた。この旅も悪くなかった。高山病以外は…

プーノは標高3855メートルにあり、世界一高い場所にある〈チチカカ湖〉に面している町だ。この町で私は高山病に悩まされた。バスでこの町に到着してから、息切れと頭痛、倦怠感で苦しめられたのだ。ふらふらになりながら適当な宿を見つけて、部屋にありつくとそのままベッドに倒れこんだ。

5時間ほど死んだように眠り、起きてみると少し元気になっていた。
町を歩くと偶然にも中華料理屋を見つけ、次の瞬間迷うことなく私はテーブルに着いていた。チャーハンとワンタンスープを注文して、それを口にしたらその旨さに感動した。中華は味が慣れているし当たりハズレもなく、箸で飯を食えること自体ありがたかった。さらに元気になった。大げさに聞こえるかもしれないが、神の救いの手かと思った。

チチカカ湖はその海のような大きさに圧倒された。湖面のすぐ上に青い空と雲があり、その光景は神秘的であった。

欧米人を中心とした多くのバックパッカーを乗せたバスは、ボリビアの国境へ近づいている。
バスの中でペルーの〈ソル〉からボリビアの〈ボリビアーノ〉へ両替が行われた。陸路で国境を超えるのは初めての経験である。国境では〈ハポネス=日本人〉である私だけが別室に連れて行かれ荷物を全て調べられた。腰に銃を携えた検査官に財布の隅々まで匂いを嗅がれた。

“お前はマリファナをやっていないか?”

そのようなことをスペイン語で訊かれた。私はうんざりして、“とんでもない”と大げさにジャスチャーをした。こいつらに付き合わされてバスに乗り遅れたら大変だ。

ボリビアに無事入国すると時差のため時計の針を1時間進めた。
こうしてまた新しい国にやってきたのだ。

国こそ変わったのだが、景色やそこに住む人々はこれまでと変ったように思えなかった。相変わらずアンデスの山々は連なっているし、壮大な景色は変わりようがなかった。その土地に放牧されている羊たち、決して豊かとは言えない厳しい土地で農業に精を出す人たち。

“この人たちの家はどこにあるんだろうか…”
そんな疑問が沸いてくるほど、それくらい大自然の中で人々は生活しているのだ。

インディヘナの女性たち…
彼女たちは先住民で、ペルー・ボリビアと旅をして彼女たちの姿を多く見てきた。彼女たちの特徴は山高帽を被り、髪を三つ編みにして、その土地に似つかない鮮やかな色の衣装を身にまとっていることだ。時々大きな荷物を背負いバスに乗り込むところを見かけたり、町では路上で店を開いて果物を売っていたりする。

先住民と白人の混血であるメスチソと比べると、彼女たちはとても控え目で、彼女たちから旅行者たちに話しかけることはない。山々に囲まれた広大な土地で、羊やリャマを放牧したり、川で洗濯をしたり、農業に精を出して生活している。アンデスの強い太陽を浴びながら、毎日その日の日課をこなす彼女たちを、私はバスの中から眺めてきた。

中学校の地理の教科書で、彼女たちの写真を見たことがある。しかし何故これほどまでに日々の役割に忠実で、自分たちの生活を変えようとしないのだろうか。何故ここまで慎ましくしていられるのだろうか。

そこには民族の強い意志がある。どこかに誇りが見える。私はそう見えた。

いま私が滞在している首都ラパスには博物館がたくさんあるようで、ボリビア独立戦争やインディヘナの歴史について知ることができそうだ。このラパスではそのようなことを知っていきたいと思った。“彼女たちは一体何者なのか?”とても興味を持っている。

そしてボリビアの女性は美しい。この街は少し滞在しても良さそうだ。そう思った。
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# by francis-sp | 2008-10-18 17:34 | A day in the life

Bienvenido a Machupicchu

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ワイナピチュの頂上から、マチュピチュの全景を眺めている。
ここで昼食代わりのクッキーを食べたり、日記を書いたりしている。ここは涼しくて空気が旨い。しばらくここに居て、今感じられることすべてを感じたいと思った。

ワイナピチュはマチュピチュを一望できる山で、遺跡から山頂にくるには急斜面を小一時間登らなくてはならない。空気が薄い中、正直ここまで来るのは大変だったが、無事にこのワイナピチュに辿りついてよかったと思っている。

遺跡自体の素晴らしさは、さっき歩いて見て廻ったとき、正直分かりづらかった。
しかしここに登ってきて、人を寄せ付けない厳しい自然の中、尾根にへばりつくように広がっているマチュピチュを見て、その魅力がようやく分かりだした。

マチュピチュの歴史を私は知らないが、それには大きな意味があったことは確かだ。
このマチュピチュは太陽や月を祭るために、作られたのかもしれない。

ここからの眺めは雲と同じ高さで、素晴らしい景色が360°広がっている。
私はこんな壮大な景色を知らなかったし、これまで触れたこともない。
だからそれを表す言葉を、私は知らない。

この旅の中で、これまで感じたことがない感覚が、私の中にどんどん入ってきて、それを一つ一つ考えたり意味付けしたりする処理スピードが、だんだん追いつかなくなってきている。
大西洋を見たり、太平洋を見たり、沙漠を見たり、厳しい自然を眺めてきて、この旅は忙しい。

しかし時間はいくらでもある。この旅は幸運なことに時間に縛られない旅である。
長い長いバスの旅で、列車の旅で、一人景色を眺めながら、そんなことを考えていればいい。それが旅だと思うし、そんな旅をしてみたかった。

どこからか鳥の鳴き声が聞こえてきた。

そんな私をよそに、鳥の声とともに、ひっそりとマチュピチュは生き続けている。
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# by francis-sp | 2008-10-13 11:05 | A day in the life

朝霧JAM - It's a beautiful day @朝霧高原

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いや~行ってきましたよ、朝霧高原。いつか行こうと思っていた朝霧ジャムです!
素っ頓狂な感じで、チケットを仲間が確保してくれて、待望の初朝霧の流れになりました。

フェスと言えば真っ先に“フジロックしかないっ!”という私に、フジ以外にもいいフェスがたくさんあるんだなあということを教えてくれました。キャンプサイトにてBBQをしたり、酒を飲んで語らいをしてみたり、フジでは出来ないキャンプ・ライフが出来るのが朝霧の魅力かと思いました。私自身、出演者自体がさっぱり分からず、必然的にキャンプを楽しむヒトになりました。

朝霧は苗場より近いし、結構お手軽なフェスなのかもしれないなあ。

というわけで、今年行ったフェス等をかるく振り返ってみると、、
① 5月5日 ROVO presents MDT Festival@日比谷野音
② 6月7・8日 taicoclub@こだまの森(長野)
③ 7月25~27日 FUJIROCK FESTIVAL@苗場スキー場
④ 8月2日 Freedom Sunset@江ノ島展望台広場
⑤ 8月23・24日 METAMORPHOSE@伊豆サイクルスポーツセンター
⑥ 10月4・5日 朝霧JAM - It's a beautiful day@朝霧高原

そんなこんなで、おかげさまで今年は割と積極的にフェスに出かけたようです。
いろんなイベントに足を運んでみると、やっぱりそのパーティーなりの楽しさがあって、その空間はダイナミックでオーディエンス側が作り上げていくとも思いました。

そん中で今も気になるアーティストと言えば、ROVOとDEXPISTOLSとCobblestone Jazz…

こんだけフェスに行っておいて、それだけって…
今週末の“渚”のRaja Ramが気になるなんて…
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# by francis-sp | 2008-10-09 23:13 | 音楽

cusco

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世界遺産の街、クスコは美しかった。

街の道路は石畳で作られていて、年代物のポンコツ車がその上を走ると“タカタカ…”とかわいい音がする。路は車のタイヤでピカピカに削れられていて、同じところを車は通るから轍が出来ている。建物の壁も石を積み重ねたものを見かける。

それには歴史があって、かつてこの地に暮らしていたインカ族が、この石組みを築いたらしい。十五世紀、インカ帝国はアンデス全域を制圧し繁栄を極めた。しかし十六世紀にはスペイン人がクスコに侵略し、既存の建物や文化、宗教を徹底的に破壊した。今のクスコの街並みは、インカの精密な石組みの上にスペイン人が作ったものである。

歴史はどうであれ、このクスコはリマよりも数倍、美しい。
山肌には集落があって、夜もまた眺めが美しい。

まだ高山病が続いていて、歩くだけで息切れがしてくる。
泊まった宿でコカの葉でできた“コカ茶”をご馳走になった。高山病に効くらしい。しかしこのコカ茶を飲むと葉の香りが強くて、昆虫になった気持にさせられる。

クスコは欧米からの観光客が多いようで、リマと比べても物価も高い。〈マチュピチュ〉から近いこともあって、この街は“観光地”であった。そして車の排気ガスもすごい。街は美しいが長く滞在する場所ではない、そう思った。明日はいよいよ列車で4時間かけてマチュピチュ村へ向かう。

アンデスの谷や山あいで暮らす人々のことを思った。バスの中から眺めた壮大なアンデスの風景を思った。この街よりも、あのバスの中で一晩眺めた景色の方が好きだった。

ごつごつした岩山に立つサボテン、明け方眺めた砂漠ような厳しい土地。
その地で暮らす人々は、どのようなことを考えて生活しているのだろうか。
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# by francis-sp | 2008-09-29 19:41 | A day in the life

Buena Vista

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# by francis-sp | 2008-09-15 14:10 | A day in the life


音楽、旅、本、サッカー、日常などをテーマにfrancisが気ままテキトーに語っています。本でも読むような感じで、ゆっくり見てくれたら嬉しいです。


by francis-sp

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