<   2009年 01月 ( 3 )   > この月の画像一覧

Liberdade, São Paulo

c0024558_2234040.jpg

こうしてまた安宿に泊まることになり、静かに夜を迎えている。

サンパウロは大都市だった。サンパウロの東洋人街で宿を探そうとメトロに乗り〈Liberdade=リベルダージ〉という駅で降りて、右往左往しながら日系人が経営している“ペンション・ナミ”という宿に辿り着いた。深夜のバス移動が続いていたため、ベッドにありつくと死んだように眠った。

経営者のナミさんは初老の女性で日系ブラジル人だった。ポルトガル語はペラペラだったが、日本語は忘れてしまったのか流暢ではなかった。この宿を利用しているのはほとんどが“ブラジル人”らしくて、日系ブラジル人も何人か居る。みんな仕事を持ち、このペンションで普通に生活している。日本国籍を持つ者は、同じ部屋のサンパウロで働いている日本人男性と、唯一の旅行者である私だけだった。共通語はポルトガル語であり、ここに2週間定住することでポルトガル語を少し覚えることが出来たし、サンパウロの魅力を知ることが出来た。

〈Liberdade〉という東洋人街は、かつて日本人が多く暮らしていた地域だったらしいが、今は韓国人・中国人も多く暮らしている。〈Liberdade〉を歩くと、東洋人が経営する店や看板が目に着いて、独特の雰囲気を感じる。タイのバンコクやベトナムのサイゴンにあるような中華街に似た雰囲気だ。この宿が一瞬、アジアのどこかの安宿のような気にさせられる。

しかしサンパウロの持つ雰囲気は、それとは明らかに違うものだった。

決定的に違うのは、私と同じ日本人がかつて移民としてサンパウロに住み着き、今は日系ブラジル人として暮らしているということだ。彼らが異国の地で重ねてきた長年の労苦が、彼らが放つアジア人としての匂いが、母国の言葉をいつの間にか忘れてしまった彼らのポルトガル語が、この独特の空気を作っているのかもしれない。

私はニューヨークやサンチャゴ以来の都市に放り込まれた感覚で、言葉もよく分からなくて、この街にはまだ馴染めていない。そんな今の私と同じような気持ちで、当時ブラジルに移住してきた日本人がたくさん居たのかもしれない。

この宿でも“ルイス”や“カルロス”といった名前の日系ブラジル人が生活している。2008年は日系移民100周年にあたるというが、彼らもまた数十年前にブラジルの地に渡って来たのだろう。かつて日本人であったが今は国籍をブラジルに変えて、名前もラテン人のように変えて、言葉はポルトガル語を話している。そんな彼らは日本人ではなく、“ブラジル人”だった。

そもそも“ブラジル人”って何だろうか。

人種は白人、黒人、黄色人に大きく分けられるが、街を歩いている人々やメトロに乗っている人々を眺めてみても正確な分類は出来ない。サンパウロにはイタリアやドイツの移民、中東やイスラエル人も多く暮らしているという。今ではたくさんの人種がMIXされていて厳密に分けるのは無理だし、そうすることに意味が無い。サッカーのブラジル代表がそうだろう。個性的な顔立ちをしたメンバーが揃っている。皆それぞれ違っていて雑多なのだ。私も街を歩けば、おばちゃんに道を尋ねられたり、スーパーに行けば“その棚にある物を取ってちょうだい”と言われることがあった。それは人種とか国籍とか関係なく、たまたま“私”がそこに居合わせたからだ。

彼らをまとめられる唯一の言葉が、“ブラジル”なのだ。

アメリカは人種を分けて考えようとしたり、英語を話すことを当り前として強いているように感じる。しかしブラジルはそうではない。人それぞれの違いを初めから認めていて、人は違っていて当たり前という考え方だ。

貧しい人々も娼婦も乞食も、街を歩けば自然と目にする。昼間は安全だった場所が夜は人っ子一人歩かない危険な場所になる。路上に倒れている人が居ても、人々は驚く様子もなく通り過ぎていく。聞いた話だと、サンパウロでは“50real=25ドル”で人殺しを頼めるとの噂だ。ブラジルでは人の命は安いものだ。〈ファベイロ〉と呼ばれるスラムでは、拳銃のレンタルがあるらしい。子供たちが拳銃を借りて強盗をし終えたら、また返すのだという。サンパウロに滞在中、色んな興味深いエピソードを聞いた。

サンパウロに2週間居て思ったのは、サンパウロは全てを包み隠さず、在りのままをさらけ出し、そして全てを受け入れてくれる街のように思えた。日本人である私には、それはどこか人間らしく本来あるべき姿で、魅力的なことだと思った。この国は日本のように影の部分を隠そうとしたりしない。在りのままをさらけ出している。

日系ブラジル人に“日本とブラジルの違いって何ですか?”と尋ねた。その男性は少し考えてから“ブラジルには夢がある”とニコニコしながら答えてくれた。その答えは明快な答えで、私が期待していた以上の気持ちの良い答えだった。数十年前に日本からブラジルに渡ったかつての移民たちも、きっと苦労を重ねながらも同じようなことを考えたのではないかと、私は今でも思っている。
[PR]
by francis-sp | 2009-01-04 00:21 | A day in the life

Foz do Iguacu

c0024558_18401478.jpg
c0024558_18385278.jpg
c0024558_18394724.jpg
c0024558_18395978.jpg

[PR]
by francis-sp | 2009-01-03 18:42 | A day in the life

"Hello, Goodbye"

c0024558_17183085.jpg

ブラジルに入って景色が変った。
南米大陸の約半分を占めるブラジル。ブラジルはこれまで旅してきたペルーやチリ、アルゼンチンとは違う風景を見せてくれた。バスで移動し窓の外を眺めていると、木が多くなり緑が増えてきた。さながら日本に近い風景である。トウモロコシ畑が続き、走っている車も新しいものが多い。そこにどこか“豊かさ”を感じる。そのためか人々に元気がある。活力ではない、どこかに明るさがあるのだ。

これまでの南米の旅は、寒くて凍えそうな荒涼とした大地をバスでひた走る旅であったが、ブラジルに入ってどこか安心感がある。この先のサンパウロで聞いた話だが、おもしろいことにブラジルに住み着いたかつての移民たちは、本国と同緯度のところに暮らす傾向があるという。日系人はサンパウロに住んでいるし、ドイツ人などのヨーロッパ人は南部、黒人はブラジル北部に多い。確かに〈ポルト・アレグレ〉は白人が多かった気がする。

“イグアスの滝”を観るために〈Foz do Iguacu〉という町に来た。〈Rodoviaria=バスターミナル〉のツーリスト・インフォメーションで地図を貰い、ユースホステルを紹介してもらった。路線バスに乗り無事にユースにたどり着いた。そこで韓国人旅行者の“ワニ”と出会った。

ワニは私より若くて年齢は20代前半だった。韓国では男性に2年間の兵役が課せられていて、彼はブラジルの旅行を終えたら本国で兵役に就くという。彼にとって兵役前の最後の旅行だった。イグアスの滝を観たらサンパウロに居る姉夫婦のところへ向かう。彼は英語はほとんど出来なかったが、私と少しの時間を共にした。一緒に観光したり食事をしたり、お互いの国の言葉を教えあったりして楽しく過ごした。

このような韓国人旅行者は、旅の先々でも多く出会った。それはトルコであったり東欧であったりインドであったりした。日本人と同じように、韓国人旅行者も世界を自由に旅している。男性旅行者と話していると、だいたい兵役の話題になった。尋ねてみると、2年間の兵役を終え社会復帰する前に、しばらく自由に旅をしているという者が多かった。

イスラエルも若者達に兵役を課す国である。〈イズラエリー=イスラエル人〉とは、インドのゴアで一緒に過ごすことがあった。男性は3年間の兵役があり、女性も2年間兵役があると言っていた。銃を携えたイスラエルの女性兵士の映像をテレビで見たことがある。パレスチナへの攻撃を繰り返しているイスラエルの民である彼らは、アラブ諸国を自由に旅することが出来ない。イスラム国家のイスラエルへの憎悪は、旅をしていて感じることが幾度となくあった。兵役を終えた彼らも自由に世界を旅している。

“Armyに行くのはイヤだ”、とワニは言っていた。

兵役を終えた彼らに一貫しているのは“逞しさ”だと思う。それは体格が良かったりだとか精悍な顔つきをしているとか、そんな見掛けのことではなかった。少しのことでは決して怯まない“強さ”を彼らは持っているのだ。それらは自然と滲み出てくるもので、日本人の私達には持ち合わせないものだった。

“イグアスの滝”を観光した夜、ユースホステルの庭でオーストリア人旅行者と食事をして、ギターとサックスでセッションしたりして楽しく過ごした。ブラジルに入りだんだん温かくなり、過ごしやすくなってきている。サックスを吹いている“セップ氏”はオーストリアの雪山で催される〈Snow Jazz Festival〉のオーガナイザーだった。そんな人とセッションが出来て幸せだった。

人それぞれ様々な事情を抱えて旅している。私は彼らがなぜ旅をしているのか知らないし、彼らも私がどんな理由で旅をしているのかを知らない。しかし偶然にも南米のこんなところで巡り合っている。この先、再会することはないだろう。でもそれが旅で、それぞれ明日にはまた違う土地に向かわなければならない。行った先々でまた新しい出会いが待っている。旅が終わり自国に帰るまで、懐かしく過去を振り返る余裕はないのだ。

次の行き先、ブラジルの首都サンパウロでも素晴らしい出会いがあった。
ありきたりの言葉だけど、旅とは出会いと別れの繰り返しなのかもしれない。
[PR]
by francis-sp | 2009-01-03 18:33 | A day in the life


音楽、旅、本、サッカー、日常などをテーマにfrancisが気ままテキトーに語っています。本でも読むような感じで、ゆっくり見てくれたら嬉しいです。


by francis-sp

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

ライフログ

黄泉(よみ)の犬 (文春文庫)

Dis Is Da Drum

ライヴ

Live in Europe

Masterpiece

地の果てのダンス

3 Cities

THE WORLD OF TAIKO DUB

旅をする木

ワイルドサイドを歩け

今知りたい世界四大宗教の常識

カテゴリ

全体
A day in the life
秩父巡礼
インド旅行記
travel

音楽
today

最近
園芸ブログ
釣り入門
サッカー評論
ペニーレインでバーボンを
【庭】プロジェクト
未分類

お気に入りブログ

off the PITCH
*情熱大陸*ブラジルの写...
star name cafe

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧