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Patagonia

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by francis-sp | 2008-11-16 16:32 | A day in the life

Puerto Natales

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プンタ・アレーナスからプエルト・ナターレスへ。ここは正真正銘の〈パタゴニア〉の町だ。
昨日はパタゴニアのツアーに参加し、完璧すぎる自然を見て廻った。

そして今日はこの町で何をする訳でもなく、ぶらぶらしながら過ごしている。本当は今日中にチリのお隣の国アルゼンチンに入国し、〈カラファテ〉という町に向かいたかった。カラファテもまたパタゴニアのツアーの拠点となる町で、氷河を見ることが出来るらしい。
しかし足止めをくらっている。今日は日曜日なのだ。日曜日だと人々や商店は徹底的に休み、それはバス会社も例外ではなかった。だからこうして散歩をして過ごしている。

町はとても静かで外を歩いている人間はほとんど居ない。もともとこの町はパタゴニアの観光資源で成り立っている町だし、冬が間近のパタゴニアはシーズンオフだった。昨日のツアーにしても、何とか町の観光客をかき集めて決行できたようだし、この町の観光客をかき集めても一つのホテルで収まるんじゃないかと、港を歩きながら思う。

それにしても、この港もまた美しい。
私のような暇な観光客が、ぽつり歩いている。

パタゴニアの自然は厳しいがとても美しい。人間は想像以上の美しい自然に圧倒されると、声を出して笑うのかもしれない。気味が悪いが昨日の私はそうだった。完璧すぎて笑ってしまうのだ。

バスに乗って旅をしていると、道端にぽつりと立てられたキリストやマリアの像を見かけることがある。これまで廻った南米の国々でもよく見かけた。このパタゴニアの景色の中では、それはあまりにも異質で無力に近いように思えた。ここに取り残されたとして例え一晩中祈ったとしても、ここで生き延びることは奇跡に近いように思えるからだ。この土地で生きる術を私は知らない。ただ生きている実感はバスのエンジンの振動と今自分が生きていることだったりする。突如として町が広けてきて、町の灯りが見え始めて私は安心するのだ。

宿の白髪のご主人は、孫を抱きあげてキスをしている。子供がぐずると今度は息子さんが抱き上げてあやしている。それを見ていると、どこか心を温かくさせてくれる。
幸せな家族の姿は、どこの国や土地に行っても変わらない。厳しい冬がすぐそこまで来ていて、厳しい土地で生活している人々であるからこそ、神を信じるのだろうかと思った。

そんな町がこのプエルト・ナターレスだった。

雪を被った山々が連なり、大きな湖がある。その麓にある町。港町であるが港町特有の寂しさや錆びれた感じはない。どこか安定感があり、人々に強さがある。見るところなんてない町。だけど、どこか暖かくて素敵な町だった。
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by francis-sp | 2008-11-16 16:11 | A day in the life

Patagonia

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by francis-sp | 2008-11-16 13:45 | A day in the life

LAN CHILE

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〈プエルト・モン〉という港町から、飛行機でさらにチリの南へ〈プンタ・アレーナス〉に向かう。

パタゴニア…
まさかこの自分が行くことになるとは、思ってもみなかった。

プエルト・モンから以南、どんな気候でどんな風景が広がっているのか、私には想像もつかない。そしてどんなルートでパタゴニアを周り、アルゼンチンに向かうのかも分からない。気の向くままに自由な旅で、この先々のことは考えない旅だ。

プエルト・モンではパタゴニアへ向かう準備をした。
南半球は冬が近づいていて、さらに南のパタゴニアは寒いであろうから、手袋と厚手の靴下を買った。そしてワインを飲むためのコップや洗面道具を買い足した。この小さな町を歩いていると港町特有の寂しさを感じる。観光客も少なく町は冬ごもりの準備をしている印象を受ける。町を歩く老若男女ともに、どこか一種の“暗さ”があり、それが町全体に充満している。東洋人の私を見つけた土産物のおばさんが、空手の真似をして一人喜んでいた。

そんな町を数時間歩いて、特に気を引くものがないと分かると〈Hospedaje=民宿〉に戻ってきてしまう。宿を探すのも大変だった。シーズンオフのためか営業しているのは数軒だけだったのだ。宿に泊っているのは私だけで、女主人と特に話すわけもなく、私は部屋で静かにテレビを見ている。スペイン語が分からないからサッカーを観ている。チリワインを一本空けた。

しかしどんな大都市や素晴らしい観光地であっても、こういった何でもない田舎で過ごせる方が楽しかったりする。その町の寂しい風景や人々の顔を眺めている方が良かったりもする。決して悪くない。

それでも明日にはパタゴニアへ発つことを決心する。
冬が足音を立てやってきている。ゆっくりもしていられないのだ。

飛行機から景色を眺めると、不意に現れる湖や雪を被った山々に驚く。地図を見てもそれが何という名前なのか私には分からない。やがて地図を見るのをやめてしまう。写真に残そうとカメラのファインダーを覗いても、風景が大きすぎて撮ることをあきらめてしまう。そんな私と景色とは関係なく、キャビン・アテンダントのアドリアーノさんは自分の業務をさっさと済ませると、乗客と楽しそうに立ち話をしていた。雲の上はいつも快晴だ。

飛行機はそろそろパタゴニアの旅の拠点〈プンタ・アレーナス〉に着くらしい。マゼラン海峡も近いという。眼下はパタゴニアだ。強い風に吹かれているのだろうか、禿げた木々が地面に這いつくばるように生えているのが見える。平原には草が広がっていて、牛や羊が生息している。明らかにチリの北とは違う風景だった。

荒涼とした大地が広がり、日本の裏側へ、南米大陸の果てに居る感じがする。雨が降ったり、空は曇り、冷たい風が吹いている。この土地にも、ここに暮さなければいけない人々がいる。

こういうところに来てみたかった。圧倒されるような自然を見たかったし、そこに住む人々を見たかったし、日本では見られない景色を見たかった。ニンウエもプエルト・モンも知らない土地だった。でも旅は続いている。道は続いている。道は自然と広がっていく。
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by francis-sp | 2008-11-16 13:07 | A day in the life

ニンウエ村

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〈ニンウエ〉というチリのチジャンに近い村に滞在している。この村は人口5500人くらいの小さな村で、ここで活動している日本の〈青年海外協力隊=JICA〉のお手伝いをすることになった。

首都サンチャゴに住んでいるやはりJICAで活躍している友人との再会を果たし、落ち着く間もなくよく分からないまま深夜バスに乗り込み、このニンウエにたどり着いた。この村で活動しているJICAの隊員が〈日本展〉を開くとのことで、チリ各地から隊員が集まり、皆で協力しようというのだ。そしてチリをたまたま旅していた私も、そのメンバーの一人に加えられていた。

南米の旅の途中、無事にサンチャゴの友人に会えて、これからどのような旅をしていこうか考えていたところだった。この突然の申し出を断る理由もなく、むしろ幸運だと思った。決して観光では訪れないような村で、地元の人と触れ合い過ごせるチャンスだったし、日本の裏側の遠いチリで活躍している日本人の力になれるというのは、ありがたいことだと思った。

この村で活動しているのは、看護師と体育の教員の2名であり、いずれも女性の隊員だった。青年海外協力隊員としてチリで活躍している日本人は他にもいる。観光資源を開発している人や現地の人にSEを教えている人もいる。また歯科技工士や作業療法士など医療の分野の人もいる。初めて出会う彼らはとてもいい人ばかりで、すぐに打ち解けることができた。

彼らが派遣される場所は、基本的に発展途上の地域だ。ニンウエも電気や水道が通っていない家庭が多いという。村の様子はとても静かで人々もどこか控え目な印象を受けた。夕方になると人々は小さな教会に集まり、ミサのようなものをあげたり歌ったりしている。その光景を外から眺めていると心が温かくなり、彼らはいま幸せなんだなと思った。
サンチャゴのような大都市とはかけ離れている。外からの刺激も少ないのだろう。バスに乗らないと隣の町へ行けない。だからこういった日本展などイベントがあると、子供たちをはじめとして村の人々が集まるのだ。

日本展は集会場みたいなところで開かれた。折り紙を体験するコーナーやスペイン語に吹き替えられた日本のアニメの上映。ヨーヨー釣りや習字コーナー、浴衣試着コーナーなど、イベントがたくさんで子供たちがたくさん集まった。

私が与えられた仕事は、村の小学校の〈コシナ=台所〉で鶏肉にひらすら小麦粉をまぶすというものだった。日本の料理として“鳥の唐揚げ”振る舞うというのだ。大きなボウルに山のように盛られた鶏肉たち…、朝から支度がはじまり粉まみれになりながら、隊員たちと楽しく仕事をした。

チリのどこにあるのかも分からない村にやって来て、普通に旅をしていたら出会うことのない人たちと他愛のない話をしながら、朝っぱらから唐揚げを作っているこの自分の境遇が、どこか笑えた。そして久々の〈仕事〉がどこか新鮮だった。

村の子供たちは素直でかわいい。“ティオ!ティオ!”と声を掛けてくる。人懐っこいのだ。
“ティオってどんな意味なの?”知り合いになった隊員たちに聞いてみると、“おじさんって意味だよ”と教えてくれた。この村で私は〈ベソ=挨拶のキス〉を覚えた。チリでは挨拶するときお互いの右頬と左頬と軽くキスしあうのだ。もちろん子供たちはそれを自然にしてくるので、そんな経験をしたことない私はいい歳して照れくさく、だけどその習慣は素敵なものだと思った。

台所では〈セニョーラ=おばさん〉たちが大きな鍋で子供たちの給食を作っていた。この女性たちは朝からよく働く。“よく働きますね?”隊員にスペイン語で通訳してもらった。“チリの男は怠け者よ…”おばさんたちはそう言って笑っていた。私のような男が台所仕事をすることが珍しいようで、“あなたみたいな人が旦那だったら良かったのに…”とも言っていた。おばさんともベソをして別れた。

日本展が終わった後、村の小学校に遊びに行くと大変なことになった。外国人がやってきたことで、子供たちが私たちの周りに集まり、握手やベソの嵐になったのだ。言葉は分からない。スペイン語でようやく自分の名前を言えるようになったくらいだ。だけど“オラ!”とか“チャオ!”とか声をかければ笑顔で返ってくるし、もう最後の方は日本語で子供たちとコミュニケーションをとっていた。“またニンウエに来てね…”子供たちはそう言ってくれた。

このニンウエで少しばかりスペイン語を覚えた。だけど言葉以外でも十分にコミュニケーションが出来るということを私は学んだ。ありきたりの言葉ではあるが、心は通じ合えるのだ。

夜は隊員のみんなと酒を飲み、いい時間を過ごした。チリのビールやワインをたくさん飲んだ。隊員たちはまるで前から知っていたように私に親切にしてくれた。この村で過ごした時間は貴重で素晴らしいものだったし、彼らに出会えたことが幸せだった。

最後の夜、彼らとベソをしてバスに乗り込んだ。
チリの南へパタゴニアへ行くことを決意したのだ。

“Te Amo!!”
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by francis-sp | 2008-11-09 23:44 | A day in the life

Buena Vista

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by francis-sp | 2008-11-05 13:47 | A day in the life


音楽、旅、本、サッカー、日常などをテーマにfrancisが気ままテキトーに語っています。本でも読むような感じで、ゆっくり見てくれたら嬉しいです。


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