カテゴリ:A day in the life( 37 )

Ruta5

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イキケから南へ数キロ進んだだけで、荒涼とした景色が広がっている。

南米の風景は、バスで数時間寝ていても同じ風景が続いていたり、あるとき外を眺めると突然変わっていたりしていて、旅人を飽きさせることはない。私はバスの旅の魅力にすっかりとり付かれ、飽きもせず相変わらず外の風景を眺め続けている。

南米大陸の西側にある長細い国のチリ共和国を南下するにあたり、左側には赤茶けた岩山がひたすら連なり、右側には荒々しい大西洋が見える。人を寄せ付けない厳しい大地が広がっている。いや南米のほとんどの土地が人が住めない土地だ。辛うじて生きていけそうな土地に、なんとか人々は町を作り生活しているように見える。

それはどこかの別の〈星〉の風景ではなく、いま自分が生きている〈地球〉の話だ。今見ているものは地球の表面だ。私はこんな光景を見たことがないから、それに対して畏れを感じている。ここは人が生活できる土地ではなく、出来れば急いで通過してしまいたい土地だ。荒々しい土地がひたすら続き、ようやく新しい町が見え始めると、私は心のどこかで安心するのだ。

それに比べて、日本の自然は優しくてあたたかい。もちろん冬の厳しさや夏の猛暑や台風や地震などの自然災害もあるが、日本の自然には“恵み”がある。春夏秋冬、四季折々、、その季節ごとに恵みがあり、日本人は自然と調和しながら生きてきて、何よりも自然を敬ってきた。そして私たち日本人は自然と触れ合うことで癒されるものだ。

しかし、ここの自然はそれとはまるで違う。これまで見てきた南米の光景は違う。人を寄せ付けないのだ。

“自然”というよりは“Nature”であったり“Earth”という言葉が似合う。日本人は自然という言葉に“恵み”や“優しさ”を含むが、それとは違う自然があるのだ。

日本の自然は緑が豊かで水があふれ出すような優しさがあり、そこで暮らす日本人の心は必然的に穏やかでのんびりしている。そして同時に自然の怖さも知っており、それによって自然の恵みに感謝することが出来る。南米と日本は決定的に違う。

チリをバスで移動していると、いきなり検問所のようなところでバスが止められて〈コントロール〉が入る。バスから乗客と荷物は下ろされて、警官から厳しいチェックが入る。外国人がバスに乗っているということだけで興味本位で〈パサポルテ=パスポート〉を覗かれ、荷物は必要以上に調べられる。相変わらずスペイン語が分からない私は不安になる。そんな場では日本人としての常識や、グローバルに唱えられている主権というものは何の役にも立たない。そんなときこそ、旅行者として、異邦人として、なるべく目立たないようにすることが求められる。チリとボリビアは緊張関係にあって、ボリビアからの人や物資の流入を防いでいるように思える。

チリに入ってどこか“厳しさ”を感じる。この晴れ間の見えない空と荒涼とした大地。それがどこかチリの人々にもつながっているような気がする。

日本ではそろそろゴールデン・ウィークを迎える時期である。時折、日本での生活を思い出す。旅に出られないまま半分死んだような顔をして毎日仕事を続けている自分を思う。そんな自分には耐えられなかった。だから思い切って旅を始めて良かったと思った。

バスに揺られ、この自然を眺めていると、不意に眠たくなることがある。
しばらく寝てから目を覚ましてみると、バスは急に谷を走っていたり、標高が高くなったり、周囲にサボテンが生えていたり、南米大陸は様々な顔を見せてくれる。太陽が出ていないときは毛布が必要なほど寒い。だけど太陽が出てくれば温かくなり暑くなる。バスの中で眠っているとじっとり汗をかくこともある。それでも太陽は必要だ。太陽は恵みだからだ。どんなに暑くなったって、太陽は光と温かさを与えてくれる恵みの神だと思うからだ。私たちはそれを知っている。
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by francis-sp | 2008-10-18 22:46 | A day in the life

Pan-American Highway

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“さらばイキケ!”という感じで、チリ共和国の最初の都市イキケを経つ。

チリに入り急に物価が高くなった気がする。USドルとの為替レートも数年前のガイドブックにのっているレートより低くなっている。チリは南米でも先進国に入るそうだ。それだけ経済が成長して国が強くなっているということだろう。

そんなチリの首都サンチャゴに住む友人に会うために、とりあえずニューヨーク経由で南米から旅をはじめた。友人と再会する日まであまり時間がない。マチュピチュで出会った日本人旅行者と話をしていたら、だったら急いだ方がいいと指摘された。だからボリビアのラパスからチリのサンチャゴまで一気にバスで南下することにした。そこから先は考えていない。

その旅行者とはいろいろ話した。彼はブラジルのサンパウロから旅を始めて、南米を旅して3ヶ月になるという。彼からスペイン語を少し教えてもらったり、南米に来たからには最南端のパタゴニアにも行った方がいいと勧めてくれた。日本は春を迎えているが、南半球の南米大陸は少しずつ冬に近付いている。パタゴニアへ行くなら今しかないと。

お互い共通していた意見は、南米を旅して気づいたことは、“南米=危険”ではないことだ。もちろん危険な側面はあるとしても、旅行者として最低限のことを気を付けていれば、それは回避できるということだ。

この旅をして、私の中で南米のイメージが良いものに変わってきている。これまで旅してきたアジアとはもちろん違って、南米は新鮮で魅力的だと思う。歴史も風景も世界も全てが違うのだ。固定された“イメージ”や“先入観”というものほど、恐ろしいものはないと思った。それはこの数ヶ月後に中東のシリアやイランを旅したときも同じことを思った。
とは言いつつも、クスコやラパスの夜や早朝は、出来れば出歩きたいくないデンジャラスな空気が町を覆っていた。そんなときは宿の前にタクシーを呼んで移動することにしていた。

チリに来てから高山病は問題無くなったが、今度は激しく腹を下している。
きっとラパスのサンフランシスコ寺院前で食べたホットドッグ風の食べ物が当たったのだろう。これからサンチャゴへバスで向かうというのに、先行きが不安である。チリ紙とウェットティッシュと抗生物質とビオフェルミン、そして最悪の事態に備え、替えの下着を携えて、24時間のバスの旅に臨もうとしている。幸い長距離バスには〈baño=トイレ〉が付いているから安心だ。

沢木耕太郎、藤原新也、小林紀晴、星野道夫、開高健、椎名誠、ロバート・ハリス、清野栄一、、

これまで多くの旅行記を読み続けてきた。特に社会人になってから毎週のように図書館に通っては数え切れないほどの旅の本を読んできた。今はそれらの本を読みたいとは思わない。特にこの旅の途中で読みたいと思わない。彼らの本によって多くの刺激を受け、思い切って旅に出るまでに突き動かされたことは事実であるが、この旅は私自身の旅であり、彼らと同じ経験をしたり、同じような旅をする必要はないと思うからだ。

もう一人の旅行者として、同じフィールドに立って自分の足で歩いているのだ。
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by francis-sp | 2008-10-18 22:29 | A day in the life

La Paz

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ボリビアの首都ラパスに来ている。
“ラパス=La Paz”とはスペイン語で〈平和〉という意味だ。

ペルーのプーノという小さな町からバスに乗り、ボリビアとの国境を越えて、さらに船とバスを乗り継ぎこの町へやってきた。この旅も悪くなかった。高山病以外は…

プーノは標高3855メートルにあり、世界一高い場所にある〈チチカカ湖〉に面している町だ。この町で私は高山病に悩まされた。バスでこの町に到着してから、息切れと頭痛、倦怠感で苦しめられたのだ。ふらふらになりながら適当な宿を見つけて、部屋にありつくとそのままベッドに倒れこんだ。

5時間ほど死んだように眠り、起きてみると少し元気になっていた。
町を歩くと偶然にも中華料理屋を見つけ、次の瞬間迷うことなく私はテーブルに着いていた。チャーハンとワンタンスープを注文して、それを口にしたらその旨さに感動した。中華は味が慣れているし当たりハズレもなく、箸で飯を食えること自体ありがたかった。さらに元気になった。大げさに聞こえるかもしれないが、神の救いの手かと思った。

チチカカ湖はその海のような大きさに圧倒された。湖面のすぐ上に青い空と雲があり、その光景は神秘的であった。

欧米人を中心とした多くのバックパッカーを乗せたバスは、ボリビアの国境へ近づいている。
バスの中でペルーの〈ソル〉からボリビアの〈ボリビアーノ〉へ両替が行われた。陸路で国境を超えるのは初めての経験である。国境では〈ハポネス=日本人〉である私だけが別室に連れて行かれ荷物を全て調べられた。腰に銃を携えた検査官に財布の隅々まで匂いを嗅がれた。

“お前はマリファナをやっていないか?”

そのようなことをスペイン語で訊かれた。私はうんざりして、“とんでもない”と大げさにジャスチャーをした。こいつらに付き合わされてバスに乗り遅れたら大変だ。

ボリビアに無事入国すると時差のため時計の針を1時間進めた。
こうしてまた新しい国にやってきたのだ。

国こそ変わったのだが、景色やそこに住む人々はこれまでと変ったように思えなかった。相変わらずアンデスの山々は連なっているし、壮大な景色は変わりようがなかった。その土地に放牧されている羊たち、決して豊かとは言えない厳しい土地で農業に精を出す人たち。

“この人たちの家はどこにあるんだろうか…”
そんな疑問が沸いてくるほど、それくらい大自然の中で人々は生活しているのだ。

インディヘナの女性たち…
彼女たちは先住民で、ペルー・ボリビアと旅をして彼女たちの姿を多く見てきた。彼女たちの特徴は山高帽を被り、髪を三つ編みにして、その土地に似つかない鮮やかな色の衣装を身にまとっていることだ。時々大きな荷物を背負いバスに乗り込むところを見かけたり、町では路上で店を開いて果物を売っていたりする。

先住民と白人の混血であるメスチソと比べると、彼女たちはとても控え目で、彼女たちから旅行者たちに話しかけることはない。山々に囲まれた広大な土地で、羊やリャマを放牧したり、川で洗濯をしたり、農業に精を出して生活している。アンデスの強い太陽を浴びながら、毎日その日の日課をこなす彼女たちを、私はバスの中から眺めてきた。

中学校の地理の教科書で、彼女たちの写真を見たことがある。しかし何故これほどまでに日々の役割に忠実で、自分たちの生活を変えようとしないのだろうか。何故ここまで慎ましくしていられるのだろうか。

そこには民族の強い意志がある。どこかに誇りが見える。私はそう見えた。

いま私が滞在している首都ラパスには博物館がたくさんあるようで、ボリビア独立戦争やインディヘナの歴史について知ることができそうだ。このラパスではそのようなことを知っていきたいと思った。“彼女たちは一体何者なのか?”とても興味を持っている。

そしてボリビアの女性は美しい。この街は少し滞在しても良さそうだ。そう思った。
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by francis-sp | 2008-10-18 17:34 | A day in the life

Bienvenido a Machupicchu

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ワイナピチュの頂上から、マチュピチュの全景を眺めている。
ここで昼食代わりのクッキーを食べたり、日記を書いたりしている。ここは涼しくて空気が旨い。しばらくここに居て、今感じられることすべてを感じたいと思った。

ワイナピチュはマチュピチュを一望できる山で、遺跡から山頂にくるには急斜面を小一時間登らなくてはならない。空気が薄い中、正直ここまで来るのは大変だったが、無事にこのワイナピチュに辿りついてよかったと思っている。

遺跡自体の素晴らしさは、さっき歩いて見て廻ったとき、正直分かりづらかった。
しかしここに登ってきて、人を寄せ付けない厳しい自然の中、尾根にへばりつくように広がっているマチュピチュを見て、その魅力がようやく分かりだした。

マチュピチュの歴史を私は知らないが、それには大きな意味があったことは確かだ。
このマチュピチュは太陽や月を祭るために、作られたのかもしれない。

ここからの眺めは雲と同じ高さで、素晴らしい景色が360°広がっている。
私はこんな壮大な景色を知らなかったし、これまで触れたこともない。
だからそれを表す言葉を、私は知らない。

この旅の中で、これまで感じたことがない感覚が、私の中にどんどん入ってきて、それを一つ一つ考えたり意味付けしたりする処理スピードが、だんだん追いつかなくなってきている。
大西洋を見たり、太平洋を見たり、沙漠を見たり、厳しい自然を眺めてきて、この旅は忙しい。

しかし時間はいくらでもある。この旅は幸運なことに時間に縛られない旅である。
長い長いバスの旅で、列車の旅で、一人景色を眺めながら、そんなことを考えていればいい。それが旅だと思うし、そんな旅をしてみたかった。

どこからか鳥の鳴き声が聞こえてきた。

そんな私をよそに、鳥の声とともに、ひっそりとマチュピチュは生き続けている。
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by francis-sp | 2008-10-13 11:05 | A day in the life

cusco

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世界遺産の街、クスコは美しかった。

街の道路は石畳で作られていて、年代物のポンコツ車がその上を走ると“タカタカ…”とかわいい音がする。路は車のタイヤでピカピカに削れられていて、同じところを車は通るから轍が出来ている。建物の壁も石を積み重ねたものを見かける。

それには歴史があって、かつてこの地に暮らしていたインカ族が、この石組みを築いたらしい。十五世紀、インカ帝国はアンデス全域を制圧し繁栄を極めた。しかし十六世紀にはスペイン人がクスコに侵略し、既存の建物や文化、宗教を徹底的に破壊した。今のクスコの街並みは、インカの精密な石組みの上にスペイン人が作ったものである。

歴史はどうであれ、このクスコはリマよりも数倍、美しい。
山肌には集落があって、夜もまた眺めが美しい。

まだ高山病が続いていて、歩くだけで息切れがしてくる。
泊まった宿でコカの葉でできた“コカ茶”をご馳走になった。高山病に効くらしい。しかしこのコカ茶を飲むと葉の香りが強くて、昆虫になった気持にさせられる。

クスコは欧米からの観光客が多いようで、リマと比べても物価も高い。〈マチュピチュ〉から近いこともあって、この街は“観光地”であった。そして車の排気ガスもすごい。街は美しいが長く滞在する場所ではない、そう思った。明日はいよいよ列車で4時間かけてマチュピチュ村へ向かう。

アンデスの谷や山あいで暮らす人々のことを思った。バスの中から眺めた壮大なアンデスの風景を思った。この街よりも、あのバスの中で一晩眺めた景色の方が好きだった。

ごつごつした岩山に立つサボテン、明け方眺めた砂漠ような厳しい土地。
その地で暮らす人々は、どのようなことを考えて生活しているのだろうか。
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by francis-sp | 2008-09-29 19:41 | A day in the life

Buena Vista

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by francis-sp | 2008-09-15 14:10 | A day in the life

viaje del autobús

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ペルーの〈リマ〉から世界遺産の街である〈クスコ〉へ、長距離バスで約21時間かけて移動した。この旅は、この先々で国や街を幾度となくバスで移動するという、南米の旅の始まりであった。

南米のバスの旅は、生きている物を決して寄せ付けない荒涼とした大地をひたすら走る旅であり、“雄大”という言葉だけでは表すことが出来ない壮大なスケールのアンデス山脈を、飽きもせずひたすら眺めて、その景色を私の中でなんとか飲み込もうとする旅であった。

バスの旅は盗難などのトラブルが多いと聞いていた。
リマのバスターミナルで、自分の荷物が無事にバスのトランクに収められたことを確認した。手荷物はトイレに立つときでも片時も離さなかった。しかしそれは大げさなことでも何でもなく、現地の人々もそうしている当り前のことだった。リマの街を歩くと、地元の人でもショルダーバックを前で抱えて歩いている。街中であからさまにカメラを出したりしない。

指定されたバスの座席に収まり、街のはずれを抜けてしまうと景色が厳しいものに変わっていった。私は窓の外の風景に釘付けになり、かつて見たことのない風景に圧倒されていた。荒涼とした大地にひたすら伸びる一本のハイウェイ。バスの中で流されるスペイン語に吹き替えられたアメリカ映画が、その窓のすぐ外に見える風景と、どこか不釣り合いに感じた。

乗客たちは映画を見て楽しんでいる。
彼らにとっては、それらの風景はごく当り前のものなのだろうか。

クスコは標高3399mにある街で、標高は日本の富士山とそう変わらない。バスはゆっくりとアンデスの山地へと進んでいく。空気が薄くなっているのか、少しずつめまいや頭痛がしてきた。きっと高山病の症状が出てきたのだろう。やがて日が沈み、辺りが闇に包まれていった。景色はライトが照らされるバスの足元しか見えない。気温が下がり始めバスの中も肌寒くなった。私はブランケットを取り出して、包まるようにして眠った。

そうなってくると、このバスに全てをゆだねるしかない。それにしても拭い切れない心細さと不安がある。バスが故障したり転落してしまったら、アウトだなと思った。生きていると実感できることは、今このバスが走り続けることだけだとも思った。
どうか無事に闇を走り続けてくれ、そして朝になってくれ。

明け方、目を覚まし驚いてしまった。目の前が沙漠だったのだ。

朝になり太陽が昇り始めると安心する。大地が明るくなり、そして暖かくなった。
日が照りつけていても構わないから、暗闇よりはまだマシだと思った。太陽のありがたみを感じる。

〈クスコ〉というインカの高山都市は、かつて太陽神を崇拝するインカ帝国の都として栄えたらしい。太陽を神として崇めたという意味が、少し分かった気がした。
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by francis-sp | 2008-09-14 01:41 | A day in the life

Que Rico!

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ペルーの首都リマは、半日も歩けば周れてしまうような小さな町だった。
リマの中心はアルマス広場とカテドラルがあって、それを中心に町が広がっている。見どころと言えば教会とかそれくらいしかない。

町を歩くと〈POLICIA=警官〉を多く見かけた。
治安は安定しているとは言えないのだろう。“カバンは前で抱えて持つように”、“腕時計は外していきなさい”、“あの橋から先へは決して行かないように…”宿の主人がそう忠告してくれた。街角には必ず警官が立っていて目を光らせている。彼らがこの町の秩序を保っているような印象があった。旅行者の私にはそれがありがたかった。

日本を旅立ってまだ一週間。いよいよ南米の旅がはじまった。
南米の国を歩くこと自体が、私にとって新鮮で刺激的だった。

この町は車の排気ガスで埃っぽくて、日本の真夏のように暑い。
くだけたバーみたいなところに入り、〈セルベッサ=ビール〉を飲んだ。“ここで休んでいいか?”みたいなことを聞いたら、若いメスティーソの青年は“構わないよ”という仕草で親指を立てた。この町は人種的には、白人とラテンアメリカの先住民〈インディオ〉の混血であるメスティーソが大半を占めている。女たちは肌が浅黒く豊満な肉体をしていて、暑いためか露出をしている人が多い。腹が出ていようが足が太かろうが、そんなことは気にしていない。どこからかノリのいいサルサが聞こえてきた。ラテンの国にやってきた気分にさせられる。
たまたま通りがかった店で〈セビッチェ〉というタコやサバ、豆、オニオンが入った魚介類のマリネを食べた。酢の味でさっぱりしていて、この暑い国にはよく合っている。水やパンやコーラを買ったりして、そうやってこの国の物価や紙幣に少しずつ慣れていった。

スペイン語は相変わらず分からないし知らない。英語もほぼ通じない。それでも人々に道を聞いてバス会社で一番安い〈クスコ〉行きのチケットを買うことが出来た。帰りも道に迷ったが、身振り手振りで通りの名前を言えば、誰もが親切に教えてくれた。彼らがそうであるように“グラシアス!”と笑顔で礼を言った。すべては“ノリ”で何とかなっている。

そんな南米の雰囲気は好きになれそうだった。南米は私に合っているのかもしれない。
そして私の中で“南米=危険”というイメージが、もっとポジティブなものに変わりつつある。

明日の夕方には世界遺産の街〈クスコ〉へ向かう。バスの旅は初めてだ。これを経験することでまた一つ何かを感じることができるだろう。

南米の旅を終えた数ヶ月後、スペインに渡った時、“お前はペルー人に見えるな…”としみじみ言われたことが何度かあった。黒髪に日焼けした肌、南米訛りのスペイン語を発する私を、彼らは“ペルー人に似ている”と思ったのだろう。

そう言われることは、南米で数ヶ月旅した私には、あながち嫌ではなかった。
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by francis-sp | 2008-09-01 01:02 | A day in the life

Lima, Peru

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ペルーの首都リマの〈ホルへ・チャベス空港〉に着き、日系ペルー人が経営するゲストハウスにたどり着いたのは夜の11時過ぎ。ニューヨークから飛行機で数時間掛けて、北半球のアメリカから南米ペルーへ来てしまった。

深夜に、それも全く未知の国に、言葉を全く知らない、両替したばかりの現地の金を握りしめながら、空港やターミナルの外に一歩踏み出すということは、旅をする人間にとってはどうしようもない不安を抱えつつ、同時に度胸を試される瞬間だ。

現地の人間たちの熱い視線を浴びながら空港の外に出て、その国の空気を深く吸いこみ気持ちを落ち着かせて、むしろ平静を装い何でもない顔をして、さあ一歩踏み出そうとする行為。
この旅の先々で、幾度となく繰り返すこととなった。私にとっては自分の力量を試されるものであり、その中でも興奮を抑えきれず、顔が自然とニヤけてしまうのを何とかこらえることでもあった。
この瞬間は、正直たまらない。

そしてそんな人間を喰いものにしようとする輩もいることも確かだ。
それはどこの国でもそうなのかもしれない。
こいつらに負けないためのには、内心不安でも堂々と胸を張って、落ち着いて行動し、冷静に判断することだ。

南米=危険。

そういうイメージを多くの日本人は持っているだろう。私もその一人だった。いや多くの西洋人も同じイメージを持っている。ニューヨークのユースを旅立つとき、“これからペルーに飛んで、そのままバスで南下してチリのサンチアゴを目指すんだ…”と話したら、誰もが“ペルー?!”、“気を付けろよ…”と忠告した。バスが崖から転げ落ちるらしい、強盗に注意しろ、、彼らからそんな話しか聞かなかった。

空港のトイレで、腹巻き型の貴重品袋にパスポートと現金を隠した。
ポケットの中には盗まれてもいいように、しわくちゃの数ドル分の金をつっこんだ。
トイレの鏡の前で、彫りの深い黒髪のペルー人の男達が、テカテカの髪を整えていた。どうやらこの国の男達には、横分けが流行っているらしい。

飛行機で隣に居合わせたアメリカ人のデニーさんが言っていた“ペルーは本当に良い国よ”という言葉を心から信じたかった。

セントロ地区〈中心部〉にタクシーが近付くと、徐々に路上に寝ている人間たちが見えた。暗闇に鈍く光る大きな教会がどこか威圧的で不気味だった。私は助手席のシートに座り込み、運転手の話すスペイン語訛りの英語をうんざりしながら聞き流していた。夜の街を、POLICIA〈警官〉がパトロールしていた。この街を夜、出歩くことは賢明ではない。

宿についてシャワーを浴び、静かなロビーで一人くつろいだ。まだ少し興奮している。
〈リマ〉の夜は涼しくてインドシナとは違う暑さだ。ニューヨークは寒かった。半袖と短パンを着られることが嬉しかった。セントロの夜はとても静かだ。この旅は今のところ順調だ。読み終わった日本の文庫本をこの宿に置いていくことにした。

明日にでも、ここに泊っている日本人にペルーや南米の情報を聞こうと思った。
明後日には〈マチュピチュ〉に向かう予定だ。

南米の旅がはじまった。

“ブエナス・ ノーチェス”
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by francis-sp | 2008-08-16 22:54 | A day in the life

New York City

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by francis-sp | 2008-07-13 14:08 | A day in the life


音楽、旅、本、サッカー、日常などをテーマにfrancisが気ままテキトーに語っています。本でも読むような感じで、ゆっくり見てくれたら嬉しいです。


by francis-sp

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