カテゴリ:秩父巡礼( 7 )

秩父巡礼〈7〉

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そう長くは眠らなかったはずだ。
目を覚まして時計を見てみると、まだ夜の8時くらいで、深く眠るにはまだ早すぎた。

少し休んだことで目はさえてしまっている。
私は寝袋に包まったまま、しばらく外を眺めていた。

さっき振ってきた雨はしだいに本降りになり、雨粒が境内に生えている草木に跳ね返る音が聞こえる。その音を聞いていると、時に強くなったり、弱くなったりしている。雨の勢いが変化しているのがよく分かる。
鈴虫の音色もきれいだった。おそらく数百、数千匹もの鈴虫が鳴いていて、おそらく明け方まで鳴き止むことはないだろう。

それ以外の音は聞こえてこない。
辺りは静寂に包まれていて、いま無限にある時間の中、何も難しいこと考えずただ息だけしていると、とても安らかな気持ちになっていった。

手を伸ばせば届きそうなところに小さな石仏がたくさんあって、こうして何百年もの間、雨や風に打たれてきたのだろうか。冬には雪に埋もれることもあっただろう。顔の形が削られてしまうくらい、長い年月そこに立ち続け、人々に大切にされてきたのだ。
本堂の前に、子供に乳を与える母親の石仏があった。〈金昌寺〉にある1000体もの石仏は、どんな願いを込められて安置されたのだろうか。

こんな山里のお寺で、こうして地面に這いつくばるように一晩明かそうとしている自分を思うと、そんなろくでもない自分に笑えてくる。ぎりぎりまで秩父に行こうか迷っていたが、結局来てしまっている。やはり私は旅をしたかったのだ。
腕を枕にして、いつもと変わらないテントの模様を眺めていると、これまでしてきた旅のことを思い出す。時には大雨と雷が降りしきる富士山のキャンプ場で、時には自転車で夜通し走りやっとたどり着いた北海道のキャンプ場で、あるいは支笏湖とか中禅寺湖とか、相模湖とか本栖湖で、何十回とこのテントを立てて、寝袋に包まり同じように眠ってきた。

いま旅に出ている以上、昨日まで悩んでいたことはもう悩まなくてもいいことである。
ふと外に目をやると、当然のように石仏は凛として立ち続けている。

きっと今頃は、夕飯を食べたり、お酒を飲んだり、友達と騒いだり、音楽を聴いたり、本を読んだり、テレビを見ているはずだ。何か足りないと思ったら、すぐに手に入れていたはずだ。食べ物や酒なんて十分過ぎるのに、必要以上に摂っている。普段そんな生活をしていたことに気付かされる。それが私の日常であった。今は十分ではないが、必ずしも必要ではない。心は十分に満たされている。
今こうしてシンプルな生活をしていると、気付かされることがたくさんある。

再び眠りにつく頃、やたら鼻息が荒い四本足の動物が、テントの前を通り過ぎていった。
朝、納経所の人に聞いてみると、それはイノシシだと教えてくれた。
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by francis-sp | 2006-12-14 21:07 | 秩父巡礼

秩父巡礼〈6〉

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4番札所である『金昌寺』は、朱色の山門を持ち、左右には2メートルくらいありそうな大きな草鞋がかかげられていた。門をくぐると、山腹に境内は広がっていて、そこは無数の石仏で埋め尽くされていた。

巡礼の初日は、何とか4番までたどり着いた。
私は手と口を清め、本堂まで続く石段を上がっていった。境内にはきっと何百年も前に安置されただろう小さな石仏が所狭しと置かれていた。私はその神秘的な光景に圧倒された。
金昌寺は、大きな草鞋がある山門と1300体あまりの石仏の多さで、秩父巡礼でも特に人気があるとのことだ。

今日最後の作法として、境内で鐘を突き、未だ慣れない〈般若心経〉を唱えた。
今日無事に旅が終わり、少しほっとした気持ちになった。

時刻は5時を過ぎてしまっており、やはり納経所は閉まっていた。
雨が少しずつ降り始めている。お寺は小さな山の麓にあり、辺りは静かで山里という感じである。近くに宿は無さそうで、これから歩いて探すのは無謀だった。

予感していたように、今夜は野宿になりそうだった。

私はお寺のすぐ傍にある家へ訪ね、お寺の駐車場にテントを張らせてもらえないかお願いをした。歩いて巡礼していて、一人用テントを持っていること、一晩だけお邪魔させてもらい明日早くに出発することも付け加えた。

“納経所の軒下にテントを張った方がいいわよ。雨が降ってきているし”
夕飯の支度をしていたおばさんはそう言ってくれ、あっさり交渉が成立した。私は今夜の寝床が見つかったことで、とても身が軽くなった気がした。
何より雨がしのげること、安全な場所で寝られるということ、それは私にとってありがたいことであった。

テントを組み立てていると、納経を書いてくれる〈納経さん〉が車でわざわざ来てくれた。5時は過ぎているが納経所を開けてくれて、私のために金昌寺の納経を書いてくれるという。今日のうちに書いておけば、明日早く出られるだろうという心遣いで、さっきのおばさんが連絡してくれたのだった。
“旨くないかもしれんが食べてってくれ”、納経さんはそう言って、まだ温かいゆで卵を置いていってくれた。
カロリーメイトとゆで卵、、雨の音と鈴虫の鳴き声を聞きながら、一人で今夜の夕食を食べた。質素であるが、それはそれで十分満たされた。

今日一日だけでも、たくさんの人にお世話になった。彼らの心遣いが本当にありがたく、優しさが心に染みた。今日は自分の事ばかり祈っていた気がする。明日からは自分以外の人のために祈るようにしよう。そう心に決めた。

就寝時刻、午後6時。
今夜は石仏に見守られ、寝袋に包まり眠ることになった。
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by francis-sp | 2006-11-11 14:26 | 秩父巡礼

秩父巡礼〈5〉

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目指す2番目の札所は、『真福寺』というお寺だ。
日も暮れてきているので、札所が閉まる5時まで出来るだけ廻ろうと思った。

山へ続くだらだらした道を歩いていると、ところどころに「巡礼道」という小さな標識が目に付いた。これを辿ることで、次の札所に行くことができるのだろう。
巡礼者が道に迷わないように、おそらく地元の人々が親切に掲げたものだ。

途中、自転車に乗った子供たちとすれ違った。私が巡礼者だと分かったのか、“こんにちは~!”と元気に挨拶してきてくれた。彼らの挨拶がとても気持ちよかった。
いよいよ山道へ入ろうというとき、畑仕事の帰りなのかゆっくり歩くおばあさんを追い越した。“アンタ2番さんへ行くのかい?私がまだ若かったら一緒に行きたいわ”と笑いながら話しかけてくれた。

この秩父という土地は、やはり〈巡礼〉というものが人々の間に根ざしているのだろう…
こういった巡礼者に対する人々の優しさが、私の緊張をほぐし、嬉しい気持ちにさせてくれた。

きつい勾配の山道が延々と続く。道は舗装されているが、車一台がやっと通れるくらいの杉に囲まれた長い道だった。私はテントと寝袋という大きな荷物を背負いながら、“まだか、まだか…”と息を切らせながらひたすら歩いた。

峠を越えると民家がちらほら見え始め、そこに『真福寺』があった。
真福寺は住職が居ない無住職の古寺で、長い間この山の頂上で静かにたたずんでいるような印象だった。

境内は木々に囲まれうっすら暗く、人が来ている気配が全くしない。辺りは静まり返り、ここに居るのは私一人だけで少し心細い気もしてきた。しかし本堂の賽銭箱の隣には、椎茸が詰まった袋がいくつか並べられていて、一袋200円で売られていた。おそらく近くに住む人々が無人販売として、朝早くにでも置いていったものだろう。

一通りの作法をして休んでいると、農家の作業着を着た老夫婦が軽トラックに乗って現われた。2人とも少し腰が曲がり、言葉にはどこか訛が感じ取れる。さっきの椎茸の主であり、ここの住職ではないがこの寺を定期的に管理していると話してくれた。

“ここまで歩いて登ってくる人は珍しい。せっかくだから拝んでいってください…”
そう言って男性は古い南京錠を開けて、私を観音様の顔が見える本堂の中まで通してくれた。

私は驚いてしまった。
本堂の中にはたくさんの賽銭が投げ込まれていて、観音様の周りにはたくさんの千羽鶴や人形など、何年も前に供えられたと感じさせるお供え物が所狭しと置かれているのだ。

“どなたかが、いつの間にか置いていくんです…”

その光景を目の前にして、私はもう一度手を合わせずにはいられなかった。
ここに散らばっている無数の賽銭は、どんな願いが込められて投げ入れられたのだろうか。
この大きな人形を置いていった人は、どんな気持ちでここにやって来たのだろうか。
この千羽鶴に込められた願いは、果たして叶えられたのだろうか。
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by francis-sp | 2006-11-03 16:53 | 秩父巡礼

秩父巡礼〈4〉

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坂を上っていくと『四萬部寺』が見えてきた。すぐ目の前には小さな宿があり、子供達が遊んでいた。秩父札所巡りの出発点として、この寺は位置付けられている。

お寺の境内を進んでいくと、そこは意外にも閑散としていた。

私はどこかぎこちないが、一通りの作法を行うことにした。
まずはお手水で口と手をすすぎ、線香を納め煙で身を清めた。そして本堂へと進み賽銭を納めて、静かに〈般若心経〉を唱えた。
こうした作法や般若心経を唱えるのは、生まれて初めての経験だ、、
ところどころつっかえながらも、心の中で旅を始められたことに感謝し、そしてこの旅がよい旅になるように祈った。

この寺には、石で作られた〈マニ車〉があった。
マニ車は回せば回した回数分、経文を唱えたことになると言われている。チベット仏教の寺院でよく見られるということを知っていたから、日本の秩父にマニ車があることがどこか不思議だった。

私は納経所へ行き、巡礼に必要な物を揃えることにした。納経所には人の姿が無く、“ご用の方はブザーを押してください”とだけ書かれていた。小さい納経所ながら一番目の札所だけに、衣服から杖から財布からお守りから、様々な巡礼用品が揃っている。
私は色々と迷った末、納経帳と白装束だけ購入することにした。この先どれくらいお金を使うか分からなかったし、今の私には余分に使えるお金が無かったのだ。

最後に、この札所を廻った証の御朱印を頂いた。
“納経所は5時で閉まっちゃうのよ。あと2時間だから歩きなら4、5番目まで行けるかしら?”
この寺で今から巡礼しようとしている人は、どうやら私しかいないようだ。しかし歩いて34ヶ所の札所を廻ることは、決して珍しいことでは無さそうだった。

さて、のんびりとしていられない、、時間は無いが行けるところまで行ってみよう!
白装束に身を包み、荷物を背負って歩き出したら、どこか肩の力が抜けていることに気付いた。さっきまでと違って身体が軽く、気持ちがすっきりして足取りが妙に軽い、、そうだこの感覚なのだ。

私はようやく〈旅〉に出ることが出来た。
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by francis-sp | 2006-10-18 20:38 | 秩父巡礼

秩父巡礼〈3〉

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駅に着いたらまず観光案内所に行き、巡礼用の簡単な地図をもらった。そこには秩父の大まかな地図が描かれており、34ヶ所のお寺とその間の距離・所要時間が書かれていた。図書館から借りたガイドは持ってきていたが、この地図を頼りにすることになりそうだった。

私は歩いて34ヶ所を廻るつもりで、そのため一番目から順番に廻りたいと思った。
駅前のバス停で一番〈札所〉である『四萬部寺』行きのバス時刻を調べて、まだ時間があったため食事や買い出しをしたりしてゆっくりとバスを待った。

そろそろ夕方という時間帯で、日が暮れてしまうのはあと数時間だ。出足が随分遅れてしまっていた。お寺は午後5時になると閉まってしまうとのことだ。

一人でバスを何十分も待っていると、いらぬ心配事が浮かんできた。

今日は幾つ廻れるのだろう、どれくらい大変なものなんだろう、体力は持つだろうか、食べるところはあるだろうか、巡礼の作法はきちんと出来るだろうか、今夜野宿する場所はあるだろうか、、
そして何より〈三十四〉という数字がとても大きなものに思えてきた。

出発したバスは町中をしばらく走り、しだいに景色は田園風景に変わっていった。
駅周辺であれば商店街やコンビニがあることが分かり、その辺りの札所を廻るには困らないだろう、、問題はそこから離れた田畑が広がるのどかな道や、人里離れた山の中を歩くことだ、、今走っている道を地図で追っていくと、秩父のおおまかな距離感やイメージが掴めてきた。

そうしているうちに〈栃谷〉というバス停に着いた。
そこから5分も歩けば、一番札所『四萬部寺』があるらしい。果たしてどんなお寺なのか、どんな旅が始まるのか、少し不安で少し焦っていて、少し緊張しながら私の〈巡礼〉は始まった。
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by francis-sp | 2006-10-10 18:49 | 秩父巡礼

秩父巡礼〈2〉

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西武池袋線で飯能に行き、そこで乗り換えた秩父行きの電車は、いよいよ目的地に向かって走り出している。

世間は連休であるのだが、乗客は意外に少なくて、親子連れやこれからハイキングに行くであろう中高年の人々、地元に帰ろうとしている若者など見受けられる。
乗客が少ないのは、おそらくあいにくの曇り空であること、すでに時刻は昼をとうに過ぎていることが考えられた。

電車はゆっくりとしたスピードで「武蔵横手」とか「吾野」、「正丸」とか「芦ヶ久保」とか、、
周囲を山々に囲まれた駅を通り過ぎていく。
私にとって懐かしい響きの駅である。私もかつて東京や埼玉に住んでいた時に、小中学校の遠足でこの辺りを訪れていたのだ。

旅先を『秩父』に選んだのも、何かと馴染みのある土地であったというのもある。

しかし今の私は、当時より十年以上の歳を重ね、また当時の遠足とは対照的にしゃいだりした気持ちでもなかった。ようやく『旅』に出たはずなのに、どちらかと言えば落ち着きなく、少し焦っていたり、先行きが心配であったりした…

そんな気持ちのまま、電車は徐々に勾配がきつくなる山々へと進んでいき、杉が生い茂っている山の間を通り抜け、そしていくつかトンネルを潜り、家を出てから3時間後、『西武秩父』へ到着した。

いつもと少しも変わらない自分。さてこれからどうしよう、、
そういう旅の始まりだった。
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by francis-sp | 2006-10-06 20:10 | 秩父巡礼

秩父巡礼〈1〉

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“俗世としばらく離れて、自然の中に身を置きたい…”
それが今年の夏、『秩父巡礼』に出掛けた理由かもしれない。

9月の後半、夏も終わり秋はすぐそこという時期に、私は旅に出た。テントと寝袋を担いで、電車を乗り継ぎ秩父へと向かった。
昨年のインドの旅から丸一年となる、久し振りの〈旅〉である。

秩父へ向かった目的は、『秩父三十四箇所観音霊場巡り』をするためだ。
〈観音巡りは日本各地に伝承され、古くから巡礼者で賑わっています。秩父三十四ケ所の観音霊場は、坂東三十三ケ所、西国三十三ケ所と共に、日本百番観音に数えられています…〉

元々私は、四国八十八箇所のお遍路に興味を持っていて、日本の巡礼について本を読んだり、休日には東京六地蔵巡りなど経験していた。またスペインのサンティアゴ巡礼にも興味を持ち、いつかは行ってみたいと考えるようになった。

〈巡礼〉というその言葉に、私はスピリチュアルなものを感じてしまうのだ。

巡礼者はいつ行き倒れてもいいように白装束に身をまとい、何十日間も徒歩だけでお寺を巡り、現世のご利益と来世の幸せを祈るのだという…
〈巡礼〉は何百年も前から、何十万人という人々が続けてきた一つの旅だ。

最近になって、図書館で本を読んでいると、埼玉県の秩父にもこのような巡礼できるところがあることを知り、全行程100キロ程で短期間で廻れることもあり、この旅を決めたのだった。

そこには信仰心だとか、私の中に何か難しいものがあったわけではない。ただ巡礼と言う旅に出てしまいたかったのだ。
事実、出発するまで足取りが重かったし、夏休みなんだからゆっくり休めばいいのに…とも思ったし、疲れたり飽きたりしたらすぐに帰ろうとも思っていた。

しかし実際には秩父に赴き、そして無事に巡礼の旅を終えた。
その原動力となったのは、自然の中に身を置きたい、煩わしい俗世から離れたい、日常から非日常へ身を置きたい、自分だけの自由な時間を過ごしたい、34の札所を歩き通すことで何を感じるのか知りたい、、それだけが旅に出る理由だった。
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by francis-sp | 2006-09-28 17:57 | 秩父巡礼


音楽、旅、本、サッカー、日常などをテーマにfrancisが気ままテキトーに語っています。本でも読むような感じで、ゆっくり見てくれたら嬉しいです。


by francis-sp

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