beleza

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ブラジルを旅していたとき、一番好きなポルトガル語は〈beleza-ベレーザ〉という言葉だった。英語に直訳すれば“beauty-美しい”だが、ブラジルでは日常的によく使われる言葉だった。

人と会ったときに“tudo bem?-調子はどう?”と聞かれたら、“beleza!-最高だよ!”と答えるし、街を歩いていて物売りがどこからかっぱらってきたのか“1ヘアルで歯ブラシ売るよ!”と声を掛けてくるときも、やはり答えは“beleza!-いいね!”だった。

サンパウロに寝泊りしていたペンションには日系人も暮らしていて、その一人のカズさん(仮名)にも良くしてもらっていた。学生時代に農業移住制度でブラジルの地を踏み、もう30年以上もブラジルで生活している。今はサンパウロにある車関連の会社に勤めているとのことだった。
当時の日本の移民は日本からブラジルまで船で渡ったそうで、途中ハワイ、ロスに寄港し中米のパナマ運河を通りブラジルにやってきた。45日間の船旅だったそうだ。

“日本とブラジルの違いって何ですか?”

サンパウロでは日曜日になると公園で〈ヒッピー市〉と呼ばれる大きなバザーが開かれる。私たちは地下鉄に乗ってそこに向かうところだった。今日のサンパウロは晴れていてサングラスが必要だった。南半球は冬を迎えているが、ブラジルはまだまだ暑い。

サンパウロにはブラジル人を始めとして、東洋人、イタリア・ドイツなどのヨーロッパ人、ユダヤ人、肌の色が白いのから黒いのまで、まるでうごめくように暮らしている。でもアメリカみたいに人種を区別したりしない。ブラジルではそれがすべてMIXされているから、区別するのがもはや不可能だしまるで意味を成さない。私でも街を歩けばブラジル人に道を聞かれることもある。

彼らをまとめることが出来る唯一の言葉は、“ブラジル”という言葉と国だ。

“ブラジルには夢がある”
カズさんは少し考えてニコニコしながらそう答えた。私が期待していた以上の答えを返してくれた。嬉しい気持ちにさせる、とても素敵な答えだった。

ブラジルで一ヶ月過ごしてみて、この国の人はヒトはそれぞれ違って当たり前ということを前提として生きていると思うようになった。だから他人の考え方を尊重し認めるし、他人の場所や時間、身てくれや着ている物を認める。そして他人にそうするように、当然自分のそれらも尊重するし主張もする。自分のことをとても大切にしている。

この国では〈過労死〉という言葉は無いだろうし、自殺も日本より少ない。疲れて仕事を休みたかったら自分から休むし、上司はそれを理解するという。キリスト教の国だから自殺は少ないのもあるし、自殺ではむしろ恋人同士の無理心中が多いそうだ。それもピストルで恋人の頭を打ち抜き、そして自分の頭を打ち抜く。なんて熱い国なんだろうか。

一時期は失業率が10%を超えたときもあったそうだ。もちろん今でも失業率は高いし貧富の差もある。乞食や娼婦、麻薬の売人、路上の物売り、ビンや缶を集めて売る人、、街を歩けばそれを日常的に目にするし、うかうかと街の中心を離れると景色が一変して〈ファベイロ-スラム街〉にぶち当たってしまうこともある。そしてブラジルでは犯罪が多いのも確かで、新聞の一面をそれらのニュースが飾ることも多い。

だけど暗い顔して街を歩いている人は居ないし、基本的にブラジル人は明るくて人懐っこい。とりあえず親指を立てて、ニコッと笑顔を見せる。私はそれが大好きだ。
ブラジル人は人それぞれ違うことも知っているし、日本では覆い隠してしまうようなそうした暗い影の部分があることも知っている。それらはもちろん無いに越したことはないが、この国にはすべてが存在してそれらが丸見えだ。でもそういう世の中の方が、どこか人間臭くて、本来の人間の姿だとも思ったりする。たまたま私はそういうことが少ない日本で生まれたのだ。

ブラジル人は皆それぞれ夢を持って生きているとカズさんは言う。日本では学校を卒業して社会に出てしまうとある程度決められた人生を歩むことになる。自分のこの先のことが分かってしまう。でもブラジルではそういうことが無くて、チャンスがたくさん転がっている。どこかを工夫するだけで誰でも成功することが出来ると言うのだ。
真夜中に二人乗りのバイクが走っていたらほとんどが強盗だと思っていい。盗まれて警察に行っても何もしてくれない。“なぜ盗まれるものを持ち歩くんだ”と取り合ってくれないそうだ。ブラジルでは盗みも一つの仕事かもしれない。このバザーでもそうだ。無名の画家がたくさん居て、みんな自分が描いた絵を売っている。素晴らしい作品ばかりで今のリアルなアートが見られる。それを車で買いつけに来ている人もいた。才能が認められれば声が掛かり、有名になれるかもしれない。ある意味みんなチャンスを狙っている。

今日はサンパウロの中心にあるパウリスタという大通りで、〈ゲイ・パレード〉が開かれるそうだ。毎年一回この時期に開催されブラジル各地から300万人の人々が集まる。もう10何年も続いているという。市内バスに乗って会場に向かう若者たちが、窓を開け大声を出して騒いでいる。“遊びに行こうよ!!”と言っているようだ。

私もバザーに行った後、カズさんと別れて物珍しさでパレードを見に行った。地下鉄の駅を出てみるとズンドコズンドコ音が聞こえてきて、物凄い数の人とゲイである。いや地下鉄も尋常じゃなかった。ハード・ゲイ&オカマちゃんだらけである。みんなフォーフォー叫んでいる。そしてそれを見に来た見物人の数もすごい。パーティー好きの若者をはじめとして、家族連れからおじいちゃんおばあちゃんまでいる。それに便乗して路上でビールを通常価格の数倍で売っている人もいる。とりあえず東洋人は私しか居ないようだ。通りにはDJブースが乗っかったトラックが24台くらいあり、爆音でトランスを流している。こんな光景って日本であるだろうか。そしてこの通りを完全封鎖してパレードに全面協力しているサンパウロ市長に是非会ってみたい。

久しぶりに聞いた生の四つ打ちにテンションが上がり、私も安全そうな人々の周りで気持ちよく踊った。クラブもスポンサーとして協力しているようで、かなり洗練された音楽だ。

ビールを飲みながらニヤニヤと写真を撮っていると、珍しいのか何度か日本人・ゲイに間違われ、何度かとろんとした目の彼ら(彼女ら?)にワインをもらった。“アナタはオトコが好きですか、オンナが好きですか?”と上半身裸のゲイに聞かれた。“女が大好きだ!”、“ブラジルの女性はとても〈beleza〉ね!”と私は答えた。残念そうに彼はまた踊りながらトラックに付いて行った。私がノーマルで自由に女性を愛するように、彼らも自由に男性を愛することを主張している。それはとても自然なことで、人間らしいことだと私は思ったりする。昨日はレズビアンのパレードがあったそうだ。色んな人間が居て人と違うことは当たり前なのだ。ブラジルに居れば誰もがそう思う。

激しいパレードが終わると、みんな名残惜しい感じも無く笑顔で帰っていった。通りには大量のゴミが散乱していた。アフターパーティーのフライヤー、フラッグ、ペットボトル、空き缶、、私のすぐ隣で女同士が抱き合いキスをしていた。私はゲイのシンボルカラーであるレインボー柄の缶バッヂを拾った。そこには“viva a diferencia ~!!”みたいなことが書かれていた。

“違いがあることは素晴らしい!!”
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by francis-sp | 2007-07-03 06:05 |


音楽、旅、本、サッカー、日常などをテーマにfrancisが気ままテキトーに語っています。本でも読むような感じで、ゆっくり見てくれたら嬉しいです。


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