“カーリーの寺院なら、そこを右に曲がったところにあるぞ!”
細い路地をひたすら歩き、ようやく寺院にたどり着いたようだった。しかしそれらしい寺院はどこにも見当たらない。今まで歩いてきた路地が続いているだけである。
僕が迷っていると一人の男性が案内してくれた。寺院は僕のすぐ目の前にあった。
ヴァラナシのカーリーの寺院は、寺院というよりは路地に所狭しと並んでいる建物と何ら変わらない、気が付かなかったら通り過ぎてしまうような小さな寺院だった。隣や向かいは商店で賑わっていて、今まで歩いてきた路地に自然と存在していた。
カーリーの壁画が路地から見えたように、いま僕が立っているところからも、カーリーが祀られているのがうっすら見える。日差しが遮られ寺院の中は薄暗く、中に入ってみるとじっとりとして土臭かった。
目の前には黒い姿をした〈カーリー〉がいた。
身体は小さくて痩せてしまっている。怒り狂って真っ赤な舌を出している。血を好むため血の象徴である赤い花の首飾りかけられている。
〈カーリーはすごく怒っている…〉僕はその理由を知りたかった。
“何故カーリーは怒っているんですか?”近くの〈サドゥー〉らしき男性に聞いてみた。
“お前は怒ったことがないのか?”と男性は尋ねてくる。“ときどき怒るときがあります…”少し考えて僕は答えた。“あなたは怒ることがありますか?”今後は僕が尋ねると、“もちろんあるさ”と彼は答えるのだった。
僕はインドに来て何度怒っただろうか?インド人に騙されそうになって何度腹を立てただろうか?そう言えばさっき、しつこい子供に対して腹を立てたばかりだ…。
日本にいるとき怒ったことはあっただろうか?最近本気で怒ったことがあっただろうか?こんな毎日のように腹を立てたことがあっただろうか?今は思い出せない。けど日々の生活の中で、ほんの些細なことやくだらないことで腹を立てたり怒ったりしている。
けどそれも、よく考えれば人間の自然な感情だ。
“カーリーが怒っているのは、そんなあなたと同じ理由だ…” 確かに男性はそう言った。