〈ニンウエ〉というチリのチジャンに近い村に滞在している。この村は人口5500人くらいの小さな村で、ここで活動している日本の〈青年海外協力隊=JICA〉のお手伝いをすることになった。
首都サンチャゴに住んでいるやはりJICAで活躍している友人との再会を果たし、落ち着く間もなくよく分からないまま深夜バスに乗り込み、このニンウエにたどり着いた。この村で活動しているJICAの隊員が〈日本展〉を開くとのことで、チリ各地から隊員が集まり、皆で協力しようというのだ。そしてチリをたまたま旅していた私も、そのメンバーの一人に加えられていた。
南米の旅の途中、無事にサンチャゴの友人に会えて、これからどのような旅をしていこうか考えていたところだった。この突然の申し出を断る理由もなく、むしろ幸運だと思った。決して観光では訪れないような村で、地元の人と触れ合い過ごせるチャンスだったし、日本の裏側の遠いチリで活躍している日本人の力になれるというのは、ありがたいことだと思った。
この村で活動しているのは、看護師と体育の教員の2名であり、いずれも女性の隊員だった。青年海外協力隊員としてチリで活躍している日本人は他にもいる。観光資源を開発している人や現地の人にSEを教えている人もいる。また歯科技工士や作業療法士など医療の分野の人もいる。初めて出会う彼らはとてもいい人ばかりで、すぐに打ち解けることができた。
彼らが派遣される場所は、基本的に発展途上の地域だ。ニンウエも電気や水道が通っていない家庭が多いという。村の様子はとても静かで人々もどこか控え目な印象を受けた。夕方になると人々は小さな教会に集まり、ミサのようなものをあげたり歌ったりしている。その光景を外から眺めていると心が温かくなり、彼らはいま幸せなんだなと思った。
サンチャゴのような大都市とはかけ離れている。外からの刺激も少ないのだろう。バスに乗らないと隣の町へ行けない。だからこういった日本展などイベントがあると、子供たちをはじめとして村の人々が集まるのだ。
日本展は集会場みたいなところで開かれた。折り紙を体験するコーナーやスペイン語に吹き替えられた日本のアニメの上映。ヨーヨー釣りや習字コーナー、浴衣試着コーナーなど、イベントがたくさんで子供たちがたくさん集まった。
私が与えられた仕事は、村の小学校の〈コシナ=台所〉で鶏肉にひらすら小麦粉をまぶすというものだった。日本の料理として“鳥の唐揚げ”振る舞うというのだ。大きなボウルに山のように盛られた鶏肉たち…、朝から支度がはじまり粉まみれになりながら、隊員たちと楽しく仕事をした。
チリのどこにあるのかも分からない村にやって来て、普通に旅をしていたら出会うことのない人たちと他愛のない話をしながら、朝っぱらから唐揚げを作っているこの自分の境遇が、どこか笑えた。そして久々の〈仕事〉がどこか新鮮だった。
村の子供たちは素直でかわいい。“ティオ!ティオ!”と声を掛けてくる。人懐っこいのだ。
“ティオってどんな意味なの?”知り合いになった隊員たちに聞いてみると、“おじさんって意味だよ”と教えてくれた。この村で私は〈ベソ=挨拶のキス〉を覚えた。チリでは挨拶するときお互いの右頬と左頬と軽くキスしあうのだ。もちろん子供たちはそれを自然にしてくるので、そんな経験をしたことない私はいい歳して照れくさく、だけどその習慣は素敵なものだと思った。
台所では〈セニョーラ=おばさん〉たちが大きな鍋で子供たちの給食を作っていた。この女性たちは朝からよく働く。“よく働きますね?”隊員にスペイン語で通訳してもらった。“チリの男は怠け者よ…”おばさんたちはそう言って笑っていた。私のような男が台所仕事をすることが珍しいようで、“あなたみたいな人が旦那だったら良かったのに…”とも言っていた。おばさんともベソをして別れた。
日本展が終わった後、村の小学校に遊びに行くと大変なことになった。外国人がやってきたことで、子供たちが私たちの周りに集まり、握手やベソの嵐になったのだ。言葉は分からない。スペイン語でようやく自分の名前を言えるようになったくらいだ。だけど“オラ!”とか“チャオ!”とか声をかければ笑顔で返ってくるし、もう最後の方は日本語で子供たちとコミュニケーションをとっていた。“またニンウエに来てね…”子供たちはそう言ってくれた。
このニンウエで少しばかりスペイン語を覚えた。だけど言葉以外でも十分にコミュニケーションが出来るということを私は学んだ。ありきたりの言葉ではあるが、心は通じ合えるのだ。
夜は隊員のみんなと酒を飲み、いい時間を過ごした。チリのビールやワインをたくさん飲んだ。隊員たちはまるで前から知っていたように私に親切にしてくれた。この村で過ごした時間は貴重で素晴らしいものだったし、彼らに出会えたことが幸せだった。
最後の夜、彼らとベソをしてバスに乗り込んだ。
チリの南へパタゴニアへ行くことを決意したのだ。
“Te Amo!!”